松岡修造のパラリンピック一直線!BACK NUMBER
パラバドミントンの新星・里見紗李奈、
事故に遭った日のことを松岡修造に語る。
text by
松岡修造Shuzo Matsuoka
photograph byNanae Suzuki
posted2020/06/12 11:00
衝撃的な事故の話を、真剣に聞く松岡修造さん。屈託なく笑顔でプレーする里見選手に脱帽!
中学はバドミントン部、高校はファミレス部?
松岡「ところで、もともとバドミントンはやっていたんですか?」
里見「中学時代にやっていました。でも、ポンコツでした」
松岡「ポンコツって、どういう意味?」
里見「ちゃんとやっていなかったという意味です。通っていた中学校に帰宅部がなくて、何かしら部活に入らなきゃならなかったので、かわいらしい部活はバドミントンかなって。それくらいの気持ちで入部しました」
松岡「どこがかわいらしいんですか? バドミントンって激しいスポーツじゃないですか」
里見「バドミントン部の先輩にかわいい人が多かったのかもしれない」
松岡「まさかの理由。で、実際、やってみてどうでしたか? きつくなかったですか?」
里見「楽しかったです。きつくなるまでやっていなかったので。試合にも出ましたけど、お遊び感覚。松岡さんが見ていたらイライラしたと思いますよ」
松岡「『何、諦めてんだよ!』って言われそうな感じね」
里見「そうです、そうです(笑)」
松岡「高校もバドミントン部?」
里見「スポーツはやっていません。ずっとバイトしてました。スポーツ頑張る系じゃなかったので」
松岡「え? バイトは何を頑張った系?」
里見「ファミレスです。本気でした。お客さんと接するのが好きだったので。私の話、広がらないですよ」
松岡「いやいや、だいぶ広がってますよ。ものすごい違和感です。だって、パラリンピアンは基本的にもともとスポーツ好きが多くて、障害を負って、もう一度スポーツをやってみようという選手が大半なんです」
里見「あぁ、わかります」
松岡「わかる? ファミレス部はなぜ本気になれたんですか?」
里見「接客の仕事って、人に喜んでもらえるから楽しくて。将来は人と関わる仕事をしたいなって思ってました」
高校時代の交通事故で車いす生活に。
松岡「障害を負ったのはいつだったんですか?」
里見「2016年5月。高校3年生になってすぐでした」
松岡「何が原因だったか、聞いてもいいですか?」
里見「交通事故です。車の助手席で眠っていたら、壁にぶつかっていました。事故現場から、そのまま救急車で病院へ運ばれて、約9カ月間、入院しました」
松岡「じゃ、事故に遭ったときはよく状況がわからなかった?」