ぶら野球BACK NUMBER
他者の本の中のノムさんはリアルだ。
古田、片岡スカウト、吉井、克則。
posted2020/04/19 11:40
text by
中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph by
Kyodo News
野村克也の著書は、野球本界の『こち亀』みたいなものだ。
気が付けば、家に何冊かある『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のコミックス。そして、野球好きなら部屋の本棚に何冊か並んでいるノムさん本。いつ買ったのかは覚えていないが、絶えず大量に発売され続けていたのでどれかしら触れている。
「なあ野球界に革命を起こそうや」ってこのエピソード読むの何度目だろう……なんて突っ込むのも野暮に思えて来るほど、野村の教えは選手だけじゃなく、野球ファンにとっても球界の一般常識であり身近な存在だった。
さて、今回はそんな定番の「ノムさん本を読む」のではなく、「誰かの本の中のノムさんを読む」コラムである。求めるのは美談よりも、リアルさ。ノムさんとかかわりのあった人たちの著書に登場する、生々しい野村克也像をあぶり出そう。
古田はとりあえず「ハイ!」。
まず、ヤクルト監督時代のID野球の申し子・古田敦也は、『うまくいかないときの心理術』(PHP新書/2016年)の中で野村監督に対して、「とりあえず言われたことには分からなくても『ハイ!』と答えていました」というなかなか衝撃的なカミングアウトを書き記している。
プロ1年目からの上司ノムさんはとにかく厳しく、「部下は上司の話は聞くものだ」というタイプ。ベンチに帰ったらどやされる日々で、理解できないことも多かった。
だが、ルーキー古田はクレバーに己の立ち位置を考えるわけだ。言っていることが分からないからと反発していたら、自分の戦うフィールドを失ってしまう。経験も実績もない若僧の自分には発言力がない。まずは文句の前に、ある程度の成績を残すことが先だ。焦るな。なにせ相手は日本一の実績を残してきた名捕手なのだから。
そこで古田は現実を受け入れ「何も言わずに引き下がって耐える」方法に出る。完全なイエスマンになったのである。そうして2年、3年とハードワークに耐え、ゴールデンクラブやベストナインはもちろん、首位打者を獲り、MVPにも輝き、結果を残し始めると、徐々に「あのピッチャーはどうだ?」「あの局面では何を考えていた?」と野村監督の方から意見を求められるようになったという。
聞かれて初めて意見を言う。実績に差がある上司には反発しても意味がないし、ともに働く内に時間が解決することもある。で、古田は悟るのだ。選手は上司を選べないと。あれは学びの日々であると同時に、戦いの日々でもあった。