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パラ水泳・成田真由美。現役を続ける
理由と東京2020への思いを修造に語る。
 

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松岡修造

松岡修造Shuzo Matsuoka

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photograph byYuki Suenaga

posted2019/11/11 07:00

パラ水泳・成田真由美。現役を続ける理由と東京2020への思いを修造に語る。<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事でもあり、現役選手でもある成田真由美。

飛行機は最初に乗って最後に降りるが……。

松岡「真由美さんだからストレートに聞きますね。真由美さんにとって健常者と障がい者の違いって何だと思いますか」

成田「私は普段、自分が障がい者と思って生活はしてないんですよ。でも、周りからはあなたは障がい者ねと言われてしまう。できればそんな言葉を使わなくても普通に生活できれば一番良いんじゃないかなとは思います。多分、サクラスイミングに通う会員さんたちは私を障がい者とは思っていないんじゃないかな。たしかに真由美には障がいがあるけど、そうだよねくらいの気持ち。絶対にできないことは手伝ってくれるんですけど、水の中でも普通に泳いでいるしあとは知らないよって(笑)」

棟石「私も普段、自分でできることには手を貸さないもんね(笑)。ただ見ていて、彼女たちは公共施設や交通機関を利用するたびに、障がい者手帳の提示を求められる、それは本当に大変そうだなって。車いすなんだから見れば分かるのに、と思います」

成田「毎回聞かれるたびに、ヤだなって思うんです。仕方がないんですけど、毎回『私は歩けないです』って言わされているような気がして。飛行機に乗るときも1時間前に来て下さいとか、飛行機はいつも最初に乗って、最後に降りるんです。このシステムも何とか変えられないかなと思うんですけど……」

 対談の中で思いがけず聞けた本音だった。成田さんがあえて日常の不満を口にしたのも、未来を今より少しでも良くしたいからに他ならない。「不満を言っているだけに取られないですかね」と心配する成田さんに、「大丈夫、この記事を読む読者にそんな心の狭い人はいません」と松岡さんは笑顔で答えた。

(構成:小堀隆司)

成田真由美(なりた・まゆみ)

1970年8月27日、神奈川県生まれ。中学生のときに横断性脊髄炎を発症。ウィルスによる脊髄の炎症で下半身が麻痺し、車いす生活になる。その後、23歳のときに水泳大会の誘いを受けたのをきっかけに水泳を始める。96年アトランタパラリンピックに初出場、金メダル2個を獲得。その後もシドニー、アテネ、北京と4大会連続出場し、4大会合わせて計15個の金メダル、3個の銀メダル、2個の銅メダルを獲得。現役生活を続ける一方で、2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事も務める。

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