One story of the fieldBACK NUMBER
窓越しの少年はいつもうつむいて。
大船渡が佐々木朗希に見た夢。(下)
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byShigeki Yamamoto
posted2019/10/18 20:05
4球団から1位指名され、抽選の結果、ロッテが交渉権を獲得。チームメイトらから祝福される佐々木。
前だけを見て可能性の翼を手にした。
高台にある大船渡高校のグラウンドに立ってみる。そこから海に向かって視線をまっすぐ伸ばすと、映るのは青い空だけである。穏やかな大船渡湾も、それを囲むように両側に迫る山の稜線も、震災の爪痕が残るちょっと悲しい町の景色も視界には入らない。ただどこまでも遠くの世界へと通じているような空が見えるだけである。
かつてうつむきながら歩いていた少年は、そこで後ろを振り返ることなく顔を上げ、まっすぐ前だけを見て可能性の翼を手にしたのだ。
あの日からこの町と佐々木の関係はそれまでとは違ってしまった。それはどうしようもないことだったようにも思えてくる。
ドラフト会議の日、千葉は店の奥にある居間でテレビを見ていた。その表情には、この夏にあったような少年性はない。
「ドラフト、見たよ。ロッテいくんだな。朗希はさ、もう別の世界にいくんだ。別の世界の人間になるんだ。わかってるよ。でもさ……、やっぱり地下鉄の乗り方も知らねえ田舎の子だからさ、大丈夫かな……」
この町から遠く離れた場所で起こっている佐々木をめぐる喧騒とは裏腹に、千葉の酒屋がある県道沿いも、駅前の商店街もひっそりとしていた。
この町と佐々木朗希との静かな別れだった。