One story of the fieldBACK NUMBER
窓越しの少年はいつもうつむいて。
大船渡が佐々木朗希に見た夢。(下)
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byShigeki Yamamoto
posted2019/10/18 20:05
4球団から1位指名され、抽選の結果、ロッテが交渉権を獲得。チームメイトらから祝福される佐々木。
それぞれの立場の人々のあらゆる夢が託された。
一方で港町でも「甲子園」という夢への期待はふくらんでいった。
佐々木という才能に、それぞれの立場の人々のあらゆる夢が託されていった。
そして甲子園まであと1つとなった決勝戦。佐々木はマウンドに上がらなかった。
「故障を防ぐためです。連投で、暑いこともあって。投げたら壊れる、投げても壊れないというのは未来なので知ることはできないんですけど、勝てば甲子園という素晴らしい舞台が待っているのはわかっていたんですけど、決勝という重圧のかかる場面で、3年間の中で一番壊れる可能性が高いのかなと思いました」
あの決勝の後、全国を駆けめぐった大船渡高校監督・國保陽平のフレーズである。
今より未来。そういう決断を、彼の才能を最も近くで見てきた男は下した。
大船渡高校はエースを投げさせず、私立の王者・花巻東に大敗した。甲子園切符を逃した。
「甲子園に行くところが見てえんだよ……」
東北の夏空の下、「千葉酒店」の店主・千葉信哉は母校・大船渡と佐々木の戦いを見るため、店を空けて球場に足をはこび続けていた。
そして決勝戦を前に、千葉は何かを予感しているかのように、こう言っていた。
「朗希にはすごい投手になってほしいよ。メジャーとかすげえよな。でもな……、俺はさ、やっぱり甲子園に行ってほしいんだ。周りの人間の勝手な願いかもしんねえけどよ、やっぱり甲子園に行くところが見てえんだよ……」
この時、千葉は知っていたのかもしれない。
もう二度と、店のガラス越しにあの少年を見ることはないだろう。この町の夢と彼の夢はもう同じではないのだろう。
そういうことを悟りながらも、酒屋の店主が望むものはひとつ、甲子園だった。