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サモアにスクラムを選択させた熱気。
外交辞令じゃない「素晴らしいW杯」。
text by
金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph byNaoya Sanuki
posted2019/10/07 20:00
豊田スタジアムで行われたサモア戦。ファンの大声援が日本の勝利とボーナスポイントを後押した。
終盤、サモアのスクラム選択。
日本の12点リードで迎えた試合終了間際、サモアがスクラムを選択したことが大きな話題となった。ボールをタッチに蹴りだしていればそこで試合は終わり、日本はボーナスポイントを逃す結果となっていたのだから、非常に大きな意味を持つ選択だった。
サモアのラム主将によれば、自陣深くにも関わらずスクラムを選択したのは、「ボーナスポイントを考えたから」だったという。確かに、1トライ1ゴールを決めれば点差は7点以内となり、彼らはボーナスポイント1を獲得することができる。メディアの中には、絶望的な状況にありながら一矢報いるための選択をした彼らの勇気を讃える声もあった。
ではなぜ、彼らは蛮勇を振るったのか。なぜ、絶望的な可能性に賭けようとしたのか。
豊田スタジアムが、経験したことのない雰囲気だったから、ではなかったか。
エコパがそうだったように、豊田スタジアムもまた、グランパスや日本代表の試合をも凌駕する異様な熱気に包まれていた。陸上トラックのない、専用競技場での熱気は、サモアの選手たちの心理状態に何らかの影響は与えなかったか。
興奮し、熱狂し、祈るファンが手の届きそうな距離にいることで、「この素晴らしいワールドカップを開催している人たちを失望させることだけはしたくない」との思いが頭を過った可能性はなかったか。
ある、と断言する人はいるだろうし、ない、と却下する人もいるだろう。サモアの選手たちに聞いても答が返ってくるとは思えないし、そもそも、彼ら自身が答をわかっていないかもしれない。
ただ、あの時間で、位置で、得点差で、スクラム選択?
わたしは見たことがなかったし、記者席からも驚きに満ちたどよめきがあがっていた。滅多にないこと、だったのは間違いない。
それが、豊田スタジアムで起きたことがわたしは嬉しい。
エコパはジャパンを後押しし、勝利へと導いた。
豊田は、専用競技場は、相手をも動かした。
そう思えることが、嬉しい。