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大迫傑の日本記録を破るとしたら?
舞台は東京マラソン、候補者は……。
posted2019/09/23 11:40
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph by
JMPA
小さな声で、こうつぶやいた。
「まだ心の整理はできてないけど、最後のひと枠を掴みにいきたいです」
声の主は、井上大仁。
男子マラソン界の「4強」に挙げられながら、MGC「マラソングランドチャンピオンシップ」ではまさかの最下位に沈んだ(途中棄権したランナーを除く)。井上がゴールした時にはすでにゴール裏で表彰式が行われていたが、ちらりとも視線を這わせることなく、彼は取材陣が構えるミックスゾーンにやってきた。
2分半ほどの短い受け答えの最後に言ったのが、このひと言である。
敗因は正直、わからない。ただ、前半から体に違和感があった。思うように足が動かなかったという。中継のテレビカメラが、その象徴的なシーンをとらえていた。
大きな塊の第2集団が縦に伸び始めた13km過ぎ、井上が白い帽子を投げ捨てたのだ。暑さ対策のために準備してきた武器を前半で自ら手放すなどありえない。あのとき何が起きていたのか。短い回答があった。
「正直、イライラしてました」
最後のチャンスは、日本記録更新。
怒りの矛先は、他ならぬ自分自身であっただろう。昨年8月、酷暑のジャカルタアジア大会で金メダルを獲得したように、暑さに対して苦手意識はなかった。ボルダーや坂の多い地元長崎で走り込み、準備は万全だった。
なぜこの大切なレースで、「今まで味わったことのない感覚」に陥ったのか。走り終えたばかりで心の整理ができるはずもなかった。
しかし、井上自身が述べたように、2020年東京オリンピックの代表枠をかけたレースがすべて終わったわけではない。
MGCで優勝した中村匠吾と服部勇馬は内定だが、残り1つの代表枠は日本陸連が指定する3大会「ファイナルチャレンジ」の結果に委ねられている。つまり、ここで大迫傑の持つ日本記録(2時間5分50秒)を1秒でも上回り、その中で最速の選手が代表入り(上回る者がいなければ大迫が切符を得る)を果たす。井上にもまだチャンスは残されているのだ。