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<失意の帰国からの成長録>
久保建英とFC東京の1483日。

posted2019/09/03 15:00

 
<失意の帰国からの成長録>久保建英とFC東京の1483日。<Number Web> photograph by Kenichi Arai

text by

馬場康平

馬場康平Kouhei Baba

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photograph by

Kenichi Arai

13歳の春。バルセロナからの帰国は、本意ではなかった。それでも進化は止まらなかった。FC東京での4年2カ月で、いかにしてフットボーラーとしての能力を磨いたのか。成長の軌跡を、恩師とのエピソードと本人の言葉で辿る。(Number985掲載)

 2019年6月29日、雨が降る味の素スタジアムで、久保建英はマイクの前に立った。「あ」のマイクチェックから「まずは」と言い、昨季途中から半年間プレーした横浜F・マリノスのサポーターに向けて感謝の思いを口にした。

 そして、'15年3月に帰国して以来、多くの時間を過ごしてきたFC東京への思いを語った。

「日本に帰ってきてから、今までほぼ東京でやってきて、最初はあまり練習とかも行きたくなくて、つらい時期もありました。いいことばかりではなかったですけど、こうやって一人前のサッカー選手として、東京を背負って世界に羽ばたいていけることを非常に誇らしく思います。東京に来てから4年半になると思いますが、(ヨーロッパに)行きたくなくなるくらい濃い時間だったと思います。苦渋の決断ではありましたが、自分の決断に誇りを持って、また東京での時間を自分は忘れないので……本当にありがとうございました」

 その言葉を置き土産に、旅支度を整えて機上の人となった。

 10歳で海を渡った久保は、名門バルセロナの下部組織の一員となった。だが、'15年3月にバルセロナの18歳未満の国際移籍・登録違反により、帰国を余儀なくされる。そこからFC東京U-15むさしに活躍の場を求め、順調な成長を遂げていく。15歳となる中3からはU-18へと飛び級での昇格が決まり、進級を前にした3学期からはチームに帯同されていた。この3年前の話がつい最近のことのように思えるのは、こちらが少しばかり年を重ねたせいだろう――。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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久保建英
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