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<熱狂誕生の秘密>
甲子園スターが選ぶ旋風ベスト3
~水野雄仁編~

posted2019/08/17 15:00

 
<熱狂誕生の秘密>甲子園スターが選ぶ旋風ベスト3~水野雄仁編~<Number Web> photograph by Miki Fukano

text by

赤坂英一

赤坂英一Eiichi Akasaka

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photograph by

Miki Fukano

鳴り止まぬ快音で「やまびこ打線」と呼ばれ、'82・'83年の甲子園を席巻した池田のエースは、「勝ち続けてこその旋風」と切り出した。自身を“並の”スーパースターと称した元・怪童が認める、夏の最強高校の熱狂とは。(Number984号)

 高校野球の旋風は1季1大会だけブームになることじゃない。年と大会をまたぎ、何度も連続で甲子園に出場してこそ、本当の旋風なんです。ぼくはそう思う。2007年の佐賀北も去年('18年)の金足農も、強かったのは1大会だけでしょう。彼らは旋風になる前に甲子園から去って行った。

 ぼくが池田にいた'80年代、一番の旋風だった超スーパースターは5季連続、高1の夏から高3の夏までの全大会に出場していた、早実の荒木大輔さん('80年夏、'81~'82年春夏)とPL学園のKKコンビ(清原和博、桑田真澄、'83年夏、'84~'85年春夏)です。その次の“並の”スーパースターが3季連続('82年夏、'83年春夏)で、これが池田のぼくや、畠山準さん('82年夏のみ)だな。

 '82年夏、早実の旋風を撃破したぼくたち池田が次の旋風になって、その池田を吹き飛ばしたPLが新たな旋風に取って代わりました。この時代の旋風の特徴は、主役が監督ではなく選手だったこと。当時のPLは、桑田と清原の力で次々に強豪を降し、圧倒的な力で勝ち進んでいった。もちろん中村順司監督は池田の蔦文也監督と同じく高校球史に残る名将です。しかし、PLと言えばやっぱり、KKのイメージが強い。

 ぼくら池田も、PLに0-7と完敗した'83年夏の準決勝では、桑田のホームランでやられた。ぼくの失投だったけど、一度も打たれたことのない強烈な打球を左翼スタンドまで運ばれましたから。この回に4点目を取られた時点で、まだ2回だったのに、ぼく自身はもう負けを覚悟した。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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