Number ExBACK NUMBER
山を走って世界一を目指す女性研修医。
医師国家試験前の悪夢を乗り越えて。
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph bySho Fujimaki
posted2019/06/23 08:00
信州上田医療センターで研修医として勤務する高村貴子。世界のレースを転戦する。
つるむのが苦手で移動もひとり。
もうひとつ高村には大きな長所がある。それは「マイペース」だ。他の選手たちと必要以上につるむ様子が見られない。レースでも日常でも、いつも自分のペースを上手に保っている。
「協調性がないんです。大会会場までの移動中は、本を読んだり雑誌を眺めたり、好きなことをしたいので基本的にひとり。現地に行けば、たくさんの仲間と話せますから。とにかく群れるのが苦手なんです」
自分が心地よいと思える環境を選びとる力、時間管理の上手さも、彼女の武器なのだろう。
研修医として働き始めて2カ月が経ち、これまで大学で学んできたことが、ようやく臨床の場でどう結びつくのか理解し始めたところだという。
「これから勉強することがたくさんあります。いまはまだ医師としての仕事が競技に活きているという実感はありません。もちろん、その逆もです。でも、いずれは自分の肉体も客観的に見られるようになるのかなと思っています。
医大を卒業すると同時に競技を諦めるアスリートも多いと聞きますが、自分の競技者としての限界がまだ見えていないのに、忙しいという物理的な理由だけで辞めてしまうのはもったいないじゃないですか」
将来の夢はスポーツドクター。
気になるアスリートを尋ねてみると、同じくスカイランナーワールドシリーズ(SWS)で世界を転戦する上田瑠偉選手の名前が挙がった。上田も「粟ヶ岳スカイレース」に高村と同じく参戦し、総合優勝している。先ごろ行われたイタリアでの「リビーニョ・スカイマラソン」では、欧州開催のSWSで初めての日本人優勝者となった。いま日本において、もっとも世界の頂点に近い山岳ランナーといって間違いない。
「上田選手の活躍を見ていると、自分も頑張らなきゃと思います。他の競技で好きなアスリートは吉田沙保里さん。強くて可愛らしいところに惹かれます」
目下の目標は、スカイランナーワールドシリーズのいずれかの大会で優勝すること。さらに、2020年に開催される世界選手権の優勝が視野にある。大好きなハセツネでの4連覇と、同レースの女子大会記録の更新も実現したい。現在のコースレコードは櫻井教実選手が2008年に打ち出した8時間54分07秒、高村のベストタイムは9時間17分30秒だ。
2年間の研修医を終えた後は、リハビリテーション科か整形外科の医師になりたいと考えている。世界選手権などの海外遠征に同行するスポーツドクターが目標だ。そのとき、いまの経験が必ず活きるはずだ。