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<現地潜入ルポ>
バルセロナ、天才育成法の秘密。

posted2019/06/02 15:00

 
<現地潜入ルポ>バルセロナ、天才育成法の秘密。<Number Web> photograph by Daisuke Nakashima

2011年、カンテラに入団したばかりの頃の久保。

text by

豊福晋

豊福晋Shin Toyofuku

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photograph by

Daisuke Nakashima

彼らはいかにして久保建英を発見し、育てたのか? 全世界に選手発掘の網を広げ、一貫した哲学でバルサイズムを植え付けることで名高いカンテラに潜入。育成を取り仕切る重鎮たちを直撃した。(Number979号掲載)

 久保建英がバルセロナを離れてから4年が経った。

 18歳未満の若手の国際移籍を禁ずるというFIFA規則により、久保はバルセロナで公式戦に出られない日々が続いていた。その中で下した決断に、地元バルセロナでは悲しむ声が多く聞かれた。久保はバルサのカンテラ(下部組織)でも13歳ながら目立つプレーを見せていたため、周囲の期待も高かった。これで成長に影響が出るのではないか――。悲観的な見方は多かった。

 しかし久保が18歳を迎えようとしている現在、あのタイミングで日本に帰ったのは結果的にはよかったのではないか、という声すら聞こえてくる。FC東京での活躍はバルセロナにも届いているからだ。

 現地の期待、そして久保を形作ったバルセロナの下部組織は現在どう機能しているのか。4年後のバルセロナで話を聞いた。

 市内中心部のカフェテリアでエドゥ・ポロと会う。『ムンド・デポルティーボ』紙の記者。バルサの下部組織に通じており、久保の記事を担当することも多い。

 バルサファンはカンテラで育った選手へ特別な愛情を送り、バルサを離れた選手の動向も追うので、メディアにはいつも元バルサ選手、昨今ではたとえばアルカセルやバルトラらのニュースをよく見かける。

 そのようにして4月12日にムンド紙に掲載された久保の記事は訳され、日本でも話題となった。同記事を書いたのがポロだ。

 そこには2015年の久保の日本帰国からの流れと、18歳となる6月以降のバルサ復帰の可能性、レアル・マドリーら他クラブからの興味などが言及されていた。

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