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<メダル第1号の素顔>原大智「みんなを思うと涙が出てきた」 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph bySunao Noto/JMPA

posted2018/03/03 16:00

<メダル第1号の素顔>原大智「みんなを思うと涙が出てきた」<Number Web> photograph by Sunao Noto/JMPA
20歳の新星が、モーグル日本男子の歴史を塗り替えた。 ライバルへの反骨心や先人たちの積み重ねを力に変え、初めての大舞台にも臆せず挑んで掴み取った銅メダル。 その目の先に見据えるのは、4年後の表彰台の頂点だ。

「これが初めての表彰台なので、心がいっぱいです」

 弾む声、上気した表情。それも無理はなかった。何しろ、世界選手権やワールドカップでも上がったことがない表彰台に、4年に一度の大舞台で乗ったのだ。原大智は、大仕事をやってのけた。

 経歴は異色をきわめる。スキーは小さい頃から楽しんでいたが、東京都渋谷区に生まれ育ち、日常的に雪に親しんできたわけではなかった。

 しかし小学6年生のとき、転機が訪れる。モーグルを知り、「自分もやってみたい」と本格的に取り組み始めるとすぐにのめり込み、中学卒業後、カナダにスキー留学することを決断した。その成果は目に見えて現れる。武器だったスピードに磨きがかかり、ターンの技術も向上した。ナショナルチームのメンバー入りを果たすと、2015-'16シーズンにはワールドカップで4位に入るなど、日本男子トップとなる総合8位の成績を残した。

 一方で、悔しさも味わった。同年代の堀島行真が翌'16-'17シーズンの世界選手権で金メダルを獲得したのに対し、自身は体調不良で満足に滑ることができなかったのだ。先に栄冠を手にした同世代の姿を見て落ち込んだが、ここで原は思いを新たにした。

「日本人でも世界一になれるのだから、自分も世界一を目標にする。オリンピックで金メダルを獲る」

 迎えた平昌五輪。原は公式練習から積極的な滑りを見せ、好調を維持する。

「このコースは自分に合っていて滑りやすい、最初にそう思いました。こぶがとがっていて、そこが合うな、と」

 それは誇張ではなかった。予選1回目を6位で決勝に進出すると、決勝1回目、3位で次に進む。

 迎えた決勝2回目、原はついに真価を発揮する。スタートから「難しい」と手を焼く選手もいるコースを、積極的に飛ばしていく。だが荒くはならない。きれいなターンと攻撃性を両立させてフィニッシュした。ターンで51.6と1位、スピードも15.81で3位。課題としてきたエアでも6位と無難にまとめ、トータルスコアで82.30、1位でスーパーファイナル進出を決めた。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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