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<ドジャースと日本人投手>
LAの風に乗ったピッチャーたち。 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

PROFILE

photograph byKazuaki Nishiyama

posted2016/06/13 10:30

<ドジャースと日本人投手>LAの風に乗ったピッチャーたち。<Number Web> photograph by Kazuaki Nishiyama
西海岸の乾いた陽射しに照らされたマウンドで、充実した成績を残してきた4人の投手たち――。マエケンに連なるその幸福なる歴史を振り返る。

 今にして思えば、1995年に野茂英雄がドジャースのユニフォームを着たのは、歴史の必然だったように思う。

 日本人選手のメジャー移籍へのルールが整っていない時代だったにもかかわらず、ドジャースはリスクを取るのを恐れなかった。それは“進取の精神”が球団に根づいていたからだ。

 '47年、黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンがドジャースでデビューし、'58年には西海岸進出のパイオニアとなった。'81年にはメキシコ人投手のバレンズエラが旋風を巻き起こした。

 常に時代の先陣を切る。それがドジャースのモットーであり、野茂を迎え入れる勇気がドジャースにはあった。

 当時、ナショナル・リーグではグレッグ・マダックス(ブレーブス)が全盛期を迎え、知性と技術が評価されていた時代だったが、野茂は相手打者に真っ向勝負を挑み、超一流のフォークボールで三振の山を築いた。シンボルであるトルネードもファンの心をとらえ、「ノモマニア」がロサンゼルスに誕生する。ドジャースと野茂は幸せな出会いをした。


 '01年に同時多発テロが発生し、一度はメジャー行きを諦めた石井一久だったが、アメリカでプレーする情熱を抑えることが出来ず、'02年にドジャースの背番号16をつけた。石井はそこで、スタッフの野球への“情熱”に胸を打たれる。

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