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中村俊輔「今のままじゃ勝てない」
J1参入決定戦3時間前、磐田の真実。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byJ.LEAGUE
posted2018/12/29 11:00
ジュビロのJ1残留は総合力の勝利だった。その中には、中村俊輔の力も確かに存在したのだ。
俊輔は空気を察知して動いた。
中村が言った「今のままじゃ勝てない」を己の声に置き換えてみればよく分かる。むかつけなかったら、それこそが不安の正体なのだから。
笛が鳴ったら、勝手に気持ちのスイッチは入る。だからといって気の向くままに任せていいというものでもない。不安を整理しておけばスイッチが最大出力で入っていく。そのための準備をもう済ませたかどうか。それを確認しておきたかったのではないだろうか。
勝手な憶測に過ぎないが、中村のこの行動は事前に決めていたことではないように思う。
ジュビロは最終節、王者の川崎フロンターレを相手に先制しながらも最後の最後で勝ち越され、終わってみたら13位から16位に転落。J1参入プレーオフ決定戦に回り、勢いに乗る東京ヴェルディを迎えることになった経緯がある。
劇的な負け方のジュビロと、劇的な勝ち方のヴェルディ。
通常なら残留争いに巻き込まれない勝ち点「41」を積み上げたジュビロと、J2の6位で何とかプレーオフ出場権をつかみ取ったヴェルディ。
つまりジュビロは勝って当然と思われながらも勢いは下降線。想像以上にプレッシャーと不安がまとわりついてきてもおかしくはない。
そんな空気を察知して、だからこそ中村は立ち上がったのではないだろうか。勝つための準備を、冷静に遂行させるために。
雰囲気を変える最後のカードとして。
結果は2-0。
浮き足立つこともなく、力でねじ伏せたような勝ち方だった。不安を抱えてピッチに立った者は、きっと誰ひとりとしていなかったはずである。
中村はヴェルディ戦に向けた練習中のケガによって控えに回り、後半のアディショナルタイムに出場。試合後の会見で名波監督は、最後のカードで中村を使ったことに言及した。
「スタジアムの雰囲気をもう1回、サックスブルーのほうに持ってこようと思いました。ボール1回しか触れなかったですけど、自分の役割をよく理解してくれ、おそらく1回も触れなくてもふてくされることはないでしょうし、チームのためにあの足の状況で今出来ることをやってくれたというふうに思っています」
1分ほどの短い出場時間だったが、最後に中村は相手のスローインからのボールにプレッシャーを掛け、そこに味方も続いた。相手のミスを誘ってマイボールにして右サイド深くスルーパスを出したところで試合終了のホイッスルが鳴った。背番号10がゲームを締めて、残留のミッションが達成されたのだった。