「期間限定のプロですけどね」

吉田「正直、居づらくなってきた、というのもあるんです。遠征で抜けると、同じ障害を持ったメンバーに、仕事のしわ寄せが行くんです。最初は「頑張ってこいよ」と笑顔で送り出してくれた人たちも、気持ちが変わってきますよね。会社にお土産もたくさん買っていくんだけど、それだけではね（苦笑）。体を壊して迷惑をかけたりもしたので」

松岡「プータローになって、卓球に集中できました？」

吉田「それがね……。ただ時間があっても、内容の濃い練習ができるかといえば、そうではないんですね」

松岡「そうですよ。テニスのプロも、一日中テニスをしようとしてもできませんから」

吉田「まさにそうなんです。これじゃアカンとなって、やっぱり仕事をしよう、となって、今度は多摩地区の立川のハローワークへいって、仕事を探したんです。それが今の職場（国立研究開発法人情報通信研究機構）です」

松岡「どんな仕事をしているのですか」

吉田「事務仕事ですね。公的機関としては日本で唯一情報通信を専門分野としていて、いろいろなことをしているんです。たとえば、いわゆる日本標準時、というのはこの機関が決めて維持しています。電波時計の電波のおおもとは、ぼくの職場から発信されていたり」

松岡「バリアフリー環境なども、整っているんですか」

吉田「今の職場はしっかりと施設を作ってくださっていて、通路に段差もありません。競技面でも、大会に参加する時、はじめは有休休暇を使って自腹で行っていましたが、たまたまメダルを獲って帰ってきたら、職場の理事長から「もっと手伝えることはないか」と言ってもらえて。今は広報活動もしていることから、海外遠征中は働かなくてもお給料をいただけるようになりました」

松岡「おお、プロじゃないですか。ようやく、そこまで来ましたか！」

吉田「遠征期間が1週間なら1週間だけの、期間限定のプロですけどね」

「神様はそれを乗り越えられる人にしか試練を与えない」という言葉もあるが、それにしても吉田さんには「崖っぷち」が多すぎる……。

　過去に直面した困難のあまりの多さ、そして深刻さに修造さんが驚く中、吉田さんは涼しい顔で、むしろニコニコと話を続けていった。

　パラアスリートは誰もが、数え切れないほどの「崖っぷち」を経験して、戦いの舞台に立っている。吉田さんが笑顔を見せるたびに、その表情の奥に潜む強さや険しさにも、私達は思いを馳せるべきなのかもしれない。

　吉田さんの卓球人生は、ここから徐々に上昇気流へと乗っていく。

（第3回に続く）

（構成：小堀隆司）