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<2年後の表彰台へ>
体操日本女子の現在地。

posted2018/11/29 08:00

 
<2年後の表彰台へ>体操日本女子の現在地。<Number Web> photograph by Takao Fujita

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宝田将志

宝田将志Shoji Takarada

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Takao Fujita

 3位までが東京五輪の団体出場権を得る今回の世界選手権は、リオ4位の日本女子チームにとって大きな挑戦となった。  直前に起きた騒動や、相次ぐ怪我を乗り越えて、彼女たちは切磋琢磨しながら、まだ見ぬ高みを見つめる――。

 杉原愛子はアスパイア・ドームの練習会場にいた。すぐ隣の試合会場で日本女子代表が戦っている時間に。19歳はチームから目をそらし、ただ1人、胸の奥の不快さと向き合っていた。

「悔しくて、みんなを応援できなくて」

 カタールの首都ドーハで開催された世界体操選手権。10月27日の女子予選に、杉原は出場できなかった。9月の全日本シニア選手権前から続く腰痛が最後まで良くならなかったからだ。

 4日前の会場練習から悲壮感はあふれていた。「昨日、一昨日は(腰に)痛み止めの注射をしたけど効かなくて、今日は座薬の痛み止めを使うだけ使ってやりきりました。歩くだけで痛い」。そこまでして演技できることをコーチ陣にアピールしたものの、動けたのはそこまで。懸けた思いの強さが、無念さをより大きくした。

 杉原がそれほど必死だったのは彼女自身が負けず嫌いだからだが、もう一点、この大会に2020年東京五輪の切符が懸かっていたことも大きい。団体総合で3位以内に入れば五輪の国別出場権を獲得できた。リオデジャネイロ五輪4位の日本にとって、やりがいのあるチャレンジだった。

 チームは逆風にさらされていた。8月、代表候補だった宮川紗江に対する速見佑斗コーチの暴力指導が発覚。さらに、宮川が日本体操協会の塚原千恵子女子強化本部長と夫の塚原光男副会長からパワハラを受けたと告発するなど騒動は続いた。そんな中、最年長の主将、寺本明日香を「母」、エースの村上茉愛を「父」、杉原と、初出場の18歳コンビ、畠田瞳、梶田凪を「娘」の家族に見立てた5人はまとまり、支え合い、崩れなかった。

 30日の団体総合決勝。杉原は予選に続き出場できなかったが、今度は気持ちを切り替え、チームと行動を共にした。ウォーミングアップ、そして試合本番、仲間に溌剌とした声を飛ばす彼女の姿があった。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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