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もし川口能活が登場しなかったら。
日本サッカーを変えた男の引退。
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph byAFLO
posted2018/11/05 11:30
川口能活はGKの、そしてサッカーのイメージを変えた。胸を張って引退の瞬間までピッチに立ってほしい。
「日本のGKがカワグチだったから」
1-0の勝利に貢献した川口のプレーは、サウジアラビアにとってどれほど衝撃的だったのか。レバノンでの対戦から6年後、アジアカップ予選で日本と相まみえたサウジアラビアの関係者は、1-0で日本に勝利した試合後に話した。
「日本のGKがカワグチだったから、実は今日も勝てないかと思っていたよ」
ベテランと呼ばれる年齢に差し掛かってからは、「何歳までやりたいか」と聞かれることが増えていた。そのたびに、川口は少し困ったような表情を浮かべたものだった。
「何歳までって決めるとそこがゴールになってしまう気がするので、そういうふうには考えないようにしているんです。自分がやりたいと思っても、契約してくれるクラブがなければ続けることはできませんしね」
心の内側を、もう少しだけ明かしたことがある。
「シルトンは40歳でイタリア・ワールドカップに出場して、そのあともクラブではプレーを続けたでしょう。僕も少なくとも40歳まではやりたいですね」
'86年と'90年のワールドカップにイングランド代表の守護神として出場したピーター・シルトンは、川口が少年時代から背中を追いかけてきた先達のひとりだ。「少なくとも40歳まで」のあとに「45歳まではやりたいな」と続けたことがあり、「50歳までできる? どうかなあ」と笑顔をこぼしたこともあった。
「まだできる」と自己評価の溝。
ピッチの内外でストイックな川口は、自己管理という4文字をいつだって胸に刻んできた。明日のトレーニングに支障をきたすようなことは、徹底的に排除してきた。
J3のSC相模原でプレーする現在も、自費を注ぎ込んで身体をケアしている。43歳となったいまでも、第一線でプレーできるコンディションは保っている。
とはいえ、絶頂期のイメージがあまりにも鮮烈なだけに、小さな変化にも敏感になる。ひとつのミスさえ見過ごせなくなる。ハイレベルな領域で戦ってきたからこそ、譲れないものは多かったに違いない。第三者の考える「まだできる」との思いは、川口が自身に向ける評価の前では無力だった、ということなのだろう。