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イチローの調整と復帰への本気。
岩隈からの一打、実戦映像を凝視。
text by
木崎英夫Hideo Kizaki
photograph byAFLO
posted2018/10/11 11:30
9月26日、今季限りで退団する岩隈久志の始球式では捕手役を務めた。
岩隈相手に21球の駆け引き。
平野佳寿が所属するダイヤモンドバックスとの交流戦初戦前に「走者を置いた場面の想定や、ボールカウントを設定しての打撃練習も行っているのでは」と問いかけると、イチローは敏感に反応した。
「何のためにですか?」
その一言に受け太刀となったところへ、目を見開き畳みかけてきた。
「この前の岩隈とだってそうですよ」
8月21日、昨秋に受けた右肩手術からの復帰を目指していた岩隈久志(9月終わりに退団)は、実戦に向けた調整を進める中で、打者相手の投球へとギアを上げた。待ち望んだ練習で相手になったのがイチローだった。3打席の対戦となったその1打席目で、セーフコ・フィールドの右中間フェンスをワンバウンドで越える鋭い打球を放っている。
リハビリ調整ということを差し引いても、捕手と呼吸を合わせ、カーブ、スライダー、フォークを織り交ぜた岩隈との21球の駆け引きを味わえたことは大きな収穫として見ても大過ないと思われたが、イチローは「実戦感覚は実戦でしか補えない」と断じた。
先のスリリングなやり取りにはその考拠が忍んでいたのである。
「特別なことはないの額面通り」
イチローは最後に「7月に僕が言った『特別なことはない』の額面通りですよ」と、結ぼれを解きほぐすように締めた。
“額面通り”――。強靭な目的意識を貫くことの誠実な韜晦(とうかい)には正直、しびれた。
今季のプレーを断念してフロントの肩書をもらった5月3日の会見で、イチローは印象的な言葉を残している。
「僕は野球の研究者でいたい。プレーしていなかったとしても、毎日鍛錬を重ねることでどうなれるのかを見てみたいという興味が大きい」
“鍛錬”とは全てを捨象し、来るボールを打ち続ける純粋な練習そのものを指していたことになる。イチローは「これまで培ってきた感覚を大切にしています」と言う。
日米通算4367本の安打を導いた、幾つもの引き出しを整理する作業が聖域で行われていたのだ。換言すれば、密閉された空間での調整を、本来の感覚を研磨するための砥石としたのである。アドレナリンを分泌できない日々の練習では、ただひたすらに一球を仕留める振りをイメージしながら打ち込んだ。
翻って「実戦を想定した練習」に何ら疑義を抱かずに取り組めるのが並みの打者であるとするなら、イチローは「知の構え」から一線を画していると言えるだろう。