猛牛のささやきBACK NUMBER
小谷野栄一は引退表明後も全力で。
松坂世代とオリックスに送る感謝。
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byKyodo News
posted2018/10/04 07:00
引退会見で花束を手にする小谷野栄一。パ・リーグらしい渋さを感じさせるクラッチヒッターだった。
「感謝できるのは病気のおかげ」
「そこからスタートして、本当に何回でもタイムをかけてくれて、打席に送り出してくださった。その言葉で前を向かせてもらったので、本当に大きかった」と小谷野は振り返る。
その翌シーズン、小谷野はレギュラーを勝ち取り、勝負強い打撃で2010年には打点王のタイトルを獲得。3度のリーグ優勝に貢献した。
小谷野の野球人生を語る上で、パニック障害との戦いは避けて通れない。病気を抱えながら、プロとして一軍で結果を残し続ける日々は壮絶なものだったと想像できるが、小谷野自身は「あまり大変なことだとは思ってなかったですよ」と明るく言ってのける。
「まあ、その時その時で大変な思いはしましたけど、自分を成長させてくれる、僕にしか超えられない試練だと思っていましたから。いろいろなところに感謝できるようになったのも病気のおかげだし、すべてに意味があるんだなと、今思わせてもらっています。試合前は毎日吐いていましたし、チームのみんなも見てましたけど、それでも野球がやれるんだったらという思いだった。それが僕の個性だから」
楽しめばいい、の重みが違う。
試合前に嘔吐する小谷野の姿を見て、はじめは動揺したチームメイトもいた。オリックスの後藤駿太はこう回想する。
「僕、最初、超ビックリしちゃったんです。でも栄一さんは、『気にしないで。オレ、これしないと試合に入れないから』って。それを聞いて、ただただすごいなと。本物のプロフェッショナルというか、(試合の)3時間半にかける思いというのは、相当なものなんだなと感じました」
後藤が小谷野から言われて印象に残っているのは、「自分にあまりプレッシャーをかけすぎないで、楽しくやればいい。自分が楽になるように考えてやればいいんだよ」という言葉だったと言う。
「記事で小谷野さんの病気のことを知って、あ、そういう経験をしている人だったんだと。あの時言ってくれた言葉は、小谷野さんにとっては本当に重い言葉だったんだと気づきました。他の人が『楽しめばいい』と言うのとは、重みが全然違うと思います」