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新潟・早川史哉、ついにピッチに!
白血病からの復活と心の葛藤を告白。

posted2018/07/25 07:00

 
新潟・早川史哉、ついにピッチに!白血病からの復活と心の葛藤を告白。<Number Web> photograph by Takahito Ando

ユースの選手たちと練習で汗を流す早川史哉。プレーのキレは十分回復しているように見える。

text by

安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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Takahito Ando

 オレンジのユニフォームに身を包み、満面の笑みを浮かべてボールを追いかける。

 7月1日にデンカビッグスワンスタジアムで行われた、アルビレックス新潟の本間勲・引退試合。クラブに貢献した偉大なレジェンドの最後を飾るべく、スタジアムには1万5299人もの観衆が詰めかけた。

 現在所属している選手だけでなく、かつて所属していた現役選手、引退した選手の総勢51人が、慣れ親しんだユニフォームを着て「勲フレンズ」と「本間フレンズ」という2つのチームに別れて試合を行った。

 主役の本間はもちろん一番注目されていたが、同時に多くのファンに応援されていたのが早川史哉だった。

 2016年4月に急性白血病と診断され、治療を終えてから現役復帰に挑む彼が、実に2年4カ月ぶりに新潟のユニフォームを身に纏い、スパイクを履いて、ビッグスワンのピッチに立ったのだ。

「勲フレンズ」のスタメンで出場した早川は46分(40分ハーフ)までプレー。ガチンコの勝負でこそないが、心からサッカーを楽しんでいるように見えた。

「僕に向けた横断幕や旗などもあって、本当に嬉しかったし、純粋に『サッカーって楽しいな』という思いがありました」

 だが、同時にこれまでにはなかったある思いも芽生え、復帰に向けての彼のジレンマはより大きくなっていた――。

若い選手達に混じって練習をする早川。

 本間の引退試合の2週間後、筆者は彼に会いに新潟まで向かった。

 この日、彼は午前中に新潟U-18の練習に参加。朝9時からの練習スタートだったが、強い日差しが照りつける中、周りを高校生に囲まれながら、早川は元気な姿を見せていた。

 しかし、練習開始から15分ほど経つと、彼の表情からみるみる余裕が失われていくのが分かった。

 それはダッシュ系のトレーニングのときだった。ハーフコートをダッシュし、ジョグで戻ってまたダッシュ。最初は周りと同じペースで繰り返していたが、徐々に早川は他の選手から遅れを取っていく。

 顔を上げて苦しそうな表情を浮かべてダッシュし、ハーフライン付近で膝に手をつき、しばらくしてから、ゆっくりと戻ってくる。いつしか周りとの差が大きく開き、他の選手たちがダッシュをしている最中に、早川がゆっくり戻ってくるという状況になった。

 フラフラになりながらも、時間いっぱいまで走りきった彼は、その場に倒れ込んだ。高校生が給水に戻る中、彼はしばらくその場から動けなかった。

【次ページ】 「みんなの練習の足を引っ張ってしまう」

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