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惨敗の日本男子バレー変革に挑む。
名コーチ・ブランの覚悟と指導法。 

text by

田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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photograph byAyumi Yamamoto

posted2017/12/28 08:00

惨敗の日本男子バレー変革に挑む。名コーチ・ブランの覚悟と指導法。<Number Web> photograph by Ayumi Yamamoto

現役、指導者として世界トップでの戦いを体感しているブランコーチ。彼の招聘によって日本は復権を目指す。

糾弾するのではなく、理由を問う指導法。

 たとえばゲーム形式の練習時、後衛でレシーブに入る選手の位置とは異なる場所に相手のスパイクが決まったとする。状況によってはブロッカーやレシーバーが予期せぬ場所に来ることもあり、それは決して特別ではない。むしろよく見られる光景でもあるのだが、ブランは迷わず練習を止める。

「なぜそこにいたんだ? その位置にボールが来るのか?」

 糾弾するのではなく、レシーバーに理由を問う。そしてブロッカーが跳ぶ位置やスパイカーの攻撃態勢など細かなシチュエーションを踏まえ、今のポジションは違う、と理由を説明する。

 その都度練習を止めるのは、非効率的にも感じられるが、実際にその指示や指導を受ける選手たちの反応は違う。チームの主軸であるウイングスパイカーの柳田将洋はこう言った。

「全体練習が終わった後に『さっきのプレーはこうだったんじゃないか』と言われても、いつのプレーか、言われていることとイメージがつながらないこともあるんです。でもブランのように、悪ければ悪い、良ければ良い、とそのたびに言われると、僕らの認識も早くなる。何より実際に世界で勝たせて来た人ですから、彼の口から出ることが『世界基準』で、彼がイエスと言えば答えはイエス。ブランの言うことをやれば勝てる、って思うんです」

フランスでは若年層育成に多大な貢献を果たした。

 フィリップ・ブランは1960年にフランスのモンペリエで生まれ、フランス代表として活躍。世界選手権やソウルオリンピックなど数多くの国際大会に出場し、'91年に現役を引退した。ASカンヌなど、クラブチームでの指導を経て、'01年にフランス代表監督に就任。翌年の世界選手権では3位と躍進を遂げた。

 しかしオリンピックに目を向けると、フランス代表は'92年のバルセロナ以後、2大会続けて出場を逃し、'04年のアテネオリンピック出場は「目標」ではなく「使命」と位置付けられた。

 そこで、ミッション達成のために着手したのが若年層の育成と強化システムを構築することだった。高身長や身体能力の高い16歳から19歳の選手たちを18名選抜し、共に生活し、ナショナルトレーニングセンターでボール練習だけでなくウェイトトレーニングも取り入れた1日5時間のプログラムを行う。並行して育成年代からシニア代表へ招集される仕組みづくりも成し遂げ、充実した戦力を生み出す。そして、着手から間もなく成果は実り、フランスは3大会ぶりのオリンピック出場を果たした。

【次ページ】 日本人の特性を生かすスペシャルプログラムがない。

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