“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
高3でJリーガーになるという決断。
中村敬斗「20歳で海外は若くない」
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2017/12/22 11:30
メッシもルーニーも、10代後半にはすでにトップチームの一員だった。中村にもその境地を目指す野心は確実にある。
「僕は10代のうちに海外に行きたい」
話は冒頭の“高校ラストゲーム”に戻る。中村は立ち上がりからドリブルで相手守備陣、前半だけで3本のシュートを放った。しかし後半早い段階で三菱養和は1-3とリードを奪われ、相手が守備を固めたこともあり、中村は後半シュートゼロに終わった。
チームメイトに“置き土産”を残すことが出来なかった。彼は無念そうな表情を浮かべながらも、いつものはっきりとした口調でこう語った。
「三菱養和としてラストゲームで、上(プレミア)に上げたかったけど……仕方ないですね。最後まで苦しい試合でした」
これで彼の三菱養和での日々は終わりを告げ、来年からはプロとしてのサッカー人生がスタートをする。
改めて中村に「高3でプロ。何を求めている?」と聞いてみた。彼は即座にこう答えた。
「自分の成長曲線を考えると、なるべく早く海外に行きたい。卒業まで待ってJリーグに入って、2年間プレーして海外に行くと“もう20歳”です。20歳って海外サッカーではそこまで若くはない。現にU-17W杯に出ていた海外のトップ選手は、もうユース年代ではプレーしていない。僕は10代のうちに海外に行きたいという思いが強い分、やはりこのタイミングでプロに行かないといけないと思ったんです。もちろん“早く行ったから良し”ではなく、そこで結果を残さないと、意味がないので。自分に厳しく、信念を持ってやっていきたい」
彼の中でプロ、海外は“憧れの場所”ではなく“辿り着くべき地点”である。
U-17W杯やヨーロッパでの練習参加を決して“良い経験”という抽象的な表現にせず、強烈な危機感と目的意識を持って。中村敬斗はサッカー人生を逆算して生きている。