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柿谷曜一朗、波瀾万丈のセレッソ愛。
「このユニホームに初めての星を」 

text by

西海康平

西海康平Kouhei Nishiumi

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photograph byJ.LEAGUE PHOTOS

posted2017/11/03 09:00

柿谷曜一朗、波瀾万丈のセレッソ愛。「このユニホームに初めての星を」<Number Web> photograph by J.LEAGUE PHOTOS

“ジーニアス”と称された男も27歳となった。才能の宝庫であるセレッソの旗頭として、初タイトルを手にすることはできるか。

波瀾万丈のキャリアはクラブの浮き沈みと重なる。

 柿谷曜一朗、27歳。

 波瀾万丈のキャリアは、優勝争いの翌年にJ2降格を3度も経験し“ジェットコースタークラブ”と揶揄されてきたセレッソの浮き沈みと重なる。紆余曲折を経て今、クラブの初タイトルを目指し、ルヴァン杯決勝の舞台に立とうとしている。

「ほんまに小さい時からセレッソにおったし、いろんな人にお世話になって、いろんなものを見てきたから。いや、見過ぎたかもしれない」

 '16年にセレッソへと戻ってきてからの道のりも平坦ではなかった。欧州での挑戦を終えて復帰した昨季、人生で最も大きなケガに悩まされた。

 6月8日のV・ファーレン長崎戦で右足関節靱帯を損傷。当初は保存療法で回復を目指していたが、8月に手術へと踏み切った。長期リハビリを経てピッチに戻ってきたのが、11月6日の愛媛FC戦。ギリギリで間に合った昇格プレーオフは準決勝・京都サンガ戦で値千金のゴールを挙げ、決勝のファジアーノ岡山戦ではフル出場して勝利に貢献した。

「足首の痛みは今もずっとあるし」

 J1復帰が決まった瞬間、柿谷はピッチに倒れて泣き崩れた。それと同時に、大一番に出場するためにリハビリを早めてきた体は悲鳴を上げていた。両足の太腿前側に発症した肉離れ。昇格の代償を払うかのような負傷だった。

「岡山戦が終わって、他のところも肉離れしていて。あの瞬間から、まったく動かないように(固定)したんで。自分はオペ(手術)も初めてで、足首の痛みは今もずっとあるし。慣れるか慣れへんか、というか……。今年の夏過ぎぐらいかな、気にならへんようになったのは」

 今季は尹晶煥(ユン・ジョンファン)新監督のもとで始動すると、2年連続で主将を託された。肉離れは治っていたが、メスを入れた右足首から違和感が消えない。感覚派のプレースタイルに、かつてない“異物”は余計にストレスだった。

【次ページ】 久々の2トップに柿谷は生き生きとした。

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