ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
試合前の嫌な予感と王座陥落。
山中慎介が挑んだV13の紙一重さ。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2017/08/16 11:30
敗戦後、山中は人目をはばからず涙を流した。翌朝の会見では進退を保留したが、次に何を目指すのだろうか。
セコンドのタオル投入は議論を呼んだが……。
そして4回、ネリがピッチを上げた。ネリの左が火を噴くと、これを食らった山中が大きくバランスを崩す。畳みかけるネリ。山中はクリンチに逃れようとするが、それを阻まれると、さらなる暴風雨にさらされ、操り人形のように身をくねらせながら、懸命のサバイバルを強いられた。
ネリの勢いが緩んだ瞬間、山中は何度か立て直しかけたかに見えた。しかし、さらに左右のフックを被弾すると、完全にロープを背負う。何とかダウンを拒否し続けたが、大和心トレーナーがタオルを投じながらリングに飛び込み、山中を抱きかかえた。
控え室の扉はなかなか開かなかったが、重い扉が開放されると、山中は報道陣の取材にしっかり対応した。
「4回の場面は効いていることはなかった。でも足が止まってしまって、(連打を浴びて)セコンドを心配させてしまったと思う」
「もっと足を使おうと思っていたけど、ジャブがあたったし、相手が常にガンガンくるわけでもなかったし、自分の距離を作ってやっていたつもりだった」
紙一重の試合に王者が敗れた、それだけだった。
山中がもっと足を使っていれば、大和トレーナーがタオルを投入しなければ……。この試合を見たファンが、いくつもの「もし」を想起するとすれば、それだけこの試合が紙一重だった、ということではないだろうか。ギリギリの戦いに34歳のベテラン王者は敗れ、22歳の新鋭が勝利を手にした。それ以外の何ものでもなかった。
5年9カ月にわたり王座を守る作業は、並大抵のものではなかったと想像する。14度目の防衛戦で敗れるまで、4年5カ月間、王座に君臨した具志堅氏は「最後は身体がボロボロだったね」と振り返った。
山中は試合後、「応援してくれた方々の期待に応えられなくて申し訳ない」と涙した。ファンの期待にはもう十二分に応えたのではないだろうか。花道を引き返すV12王者の背中に、ファンの温かい拍手と慎介コールが鳴り響いた。