ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
試合前の嫌な予感と王座陥落。
山中慎介が挑んだV13の紙一重さ。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2017/08/16 11:30
敗戦後、山中は人目をはばからず涙を流した。翌朝の会見では進退を保留したが、次に何を目指すのだろうか。
山中の状態自体は、そこまで悪くなかった。
それでもなお、山中の勝利を確信するには程遠い気持ちだった。かつては公開練習でも、見ていて恐ろしくなるような強打をトレーナーのミットに打ち込んでいたものだった(この日、山中は珍しくミット打ちをしなかった)。
さらに輪をかけて、山中が試合前に発していたコメントも、もやもやした気持ちを増幅させた。
「ベストに持ってくることができて安心している」(公開練習)
「コンディションは本当にいい。自分でもほめたくなるくらいいい状態」(試合3日前の予備検診)
その表情は明るく、どこか吹っ切れた印象さえ感じられた。はたして山中は本心を語っているのか。だとすれば、こちらの見る目がないだけだ。すべてが杞憂に終わればいいと感じていた。
試合のゴングが鳴ると、山中のコンディションは言葉通り、それほど悪くないことが判明した。右のジャブは鋭く、初回から伝家の宝刀、左ストレートも打ち込んだ。打ち終わりに身体が流れるようなこともなく、バランスも悪くない。ネリの荒っぽい左もバックステップでかわしてみせた。
「やりやすい」という体感と結果の違い。
しかしスタートこそおとなしかったネリだが、初回終盤からペースアップする。一撃必殺の山中に対し、無敗挑戦者のネリは連打が持ち味だ。初回終盤、左右の連打で山中に襲い掛かると、会場からは悲鳴にも近い歓声が沸き起こる。2回には山中の打ち終わりに合わせ、左フックを2発クリーンヒット。挑戦者が徐々にそのベールを脱ぎ始めた。
「負けてこんなことを言うのもなんですけど、向かい合って、ゴングが鳴って、たいしたことない、これだったらいけると思いました」
山中本人はリング上で「やりやすい」と感じていた。少なくとも「やりにくい」とは感じていなかった。左ストレートを上下に打ち分け、そのパンチは浅いながらもネリの顔面、ボディをとらえていた。
同時にチャレンジャーのパンチもヒットを続け、ネリに襲い掛かられると、細身の身体で懸命にブロックするチャンピオンが危なっかしい。山中が倒れるか、ネリが倒れるか。クライマックスがいつ訪れてもおかしくない緊張感にリングは包まれた。