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女子マラソン安藤友香&清田真央。
「世界はそんな遠くない」の根拠。
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byNanae Suzuki
posted2017/08/02 11:00
2人はスズキ入社後に里内コーチと作り上げた独特のフォームで、世界の強豪に肉薄できるだろうか。
ターニングポイントとなった、1月の宮崎合宿。
もうひとつのターニングポイントとなったのが、1月の宮崎合宿だった。30kmの変化走の中盤、安藤の心が折れたことを見てとった里内は、1kmにわたって並走し、安藤の腰を押し続けた。それで目覚めた安藤は前を行く清田に追いつく。その経験が安藤に「マラソンを走れる」という確かな手応えを与えた。レース1カ月前の40km走では2時間17分台をマーク。積み重ねた練習の成果を確認することができた。
キルワと競っているのはフロックではない。それだけの裏づけと自信を持って臨んだレースだったのだ。
ただ、唯一の誤算は33km地点の急坂だった。キルワがそこでスパートをかけることは想定内。だが、その切れ味が鋭すぎた。それまでいっさい表情を変えなかった安藤の口元が初めて歪んだ。
「ずっと冷静に走っていたのに、あのときだけ焦ってしまって、フォームが崩れてしまいました。でも、キルワが1km3分15秒までペースを上げていたので、さすがにしょうがなかったと思います」(里内)
「気持ちを切らすな! 粘っていけば勝機は絶対ある」
里内が「気持ちを切らすな! 粘れ! 粘っていけば勝機は絶対あるぞ」と声をかけると、再び安藤にリズムが戻る。
しかし、その直後の右コーナー。キルワは大外から回り込むように、だめ押しのスパートをかける。安藤は最短コースをとって追いすがるが、約6秒の差をつけられてしまう。
「それでも、キルワを追いかけることしか考えてなかったです。諦めないかぎりは必ず勝機はあると思って、前だけを見ていました。そうやって走っているうちに、景色がゆっくり流れるようになって、不思議な感覚に包まれました」
極度に集中する中で、“ゾーン”や“フロー”と呼ばれる精神状態に入っていたのだろう。
キルワの19秒後、ゴールに駆け込んだ安藤は、号泣しながら里内の胸に飛びこんだ。
「1番でゴールしたかったんですけど、それはかなわなくて、でも日本人トップで、目標タイムもクリアできた。いままで苦しかったことや、いろんな人を困らせてきたこと、いろんな思いがいっぺんにワーッとやってきて……あんな気持ちになったのは初めてでした」