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サニブラウンを甦らせた女子選手。
「は? 経験のためにロンドン?」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byTakashi Shimizu
posted2017/07/11 17:00
日本選手権では、100m、200mの双方で圧倒的な勝利を見せたサニブラウン。187cmという体格も、可能性の大きさを期待させる。
「は? 経験なんかのためにロンドンに行くの?」
今回は経験のために……、というサニブラウンの曖昧な答えに、バートレッタはこう畳み掛けた。
「は? 経験なんかのためにロンドンに行くの? そんな経験、ほかでも積めるよ。私は19歳の時に世界選手権初出場で優勝したんだよ。ハキームは来年19歳だよね? 経験なんて言っている時間あるの?」
厳しい言葉をかけたのには理由があった。
バートレッタは2005年ヘルシンキ世界陸上で金メダルを取った後、その次の目標が見出せず、燃え尽き症候群になった経験を持つ。才能はあっても、明確な目標がなければスポーツの世界で生き抜くことはできない。自分が失敗したから、才能ある若い選手に失敗して欲しくない。ずっとそう思っていた。
練習で100%を出さないサニブラウンに……。
バートレッタは、サニブラウンの才能にかなり早い時点で気づいていた。
「南アフリカの合宿最後のテスト走の時に、『この子は本物だ。今季10秒切れる』と思った。もちろん根拠はあるよ。私やチュランディ(マルティナ、100mと200mのヨーロッパ記録保持者)と同じ練習をしているんだもの。私たちの練習は普通のジュニアがついてこられるレベルじゃないけれど、ハキームはできているんだから」
同時に、サニブラウンが練習で100%を出さないことにも気づいていた。「もったいない」そう思っていたが、静かに黙って見ていた。いつか自分で気づくだろう。気づいてほしい、そう思っていた。
しかし日本選手権で3番以内に入らなければ、サニブラウンのロンドン世界選手権への道は断たれる。チームで練習するのはあと1週間。悪者になってもいい。今、言わないと後悔する。
他の選手が言いにくいことをズバリと言ったのには、そんな理由があった。