イチ流に触れてBACK NUMBER
「走る事は速くなってしまっている」
イチローの打撃が諦めと無縁な理由。
posted2016/12/27 11:30
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph by
Naoya Sanuki
2016年シーズンは、イチローの長いプロ生活においても特別な1年となった。
太平洋からの爽やかな海風が心地良いカリフォルニア州サンディエゴで、米国の安打製造機ピート・ローズを超える世界歴代最多の4257安打を達成したのは6月15日のことだった。残り10安打となってからの量産ペースはまさに驚異的で、20打数10安打、打率.500の固め打ち。わずか8試合でローズに追いつき、追い越したのだった。
一方、標高1600メートルの地、日差しの厳しいコロラド州デンバーで8月7日に達成した3000安打は、イチローにとっては珍しい難産と言えた。
残り10安打と迫ったのは7月4日のメッツ戦。そこから25試合も要した訳だが、6月は頻繁にスタメンであった起用が、この時期はスタントン、イエリチ、オズナのレギュラー外野陣の状態が良好で代打中心の出場を強いられていた。
だが、理由はそれだけでもなかった。
「人に会いたくない時間もたくさんあった」
この間、43打数10安打、打率.233。
起用法や相手投手との相性など、理由はさまざまに感じるが、調子自体を落としていた時期とも重なる。一気に駆け抜けたローズ超えと足踏みの3000安打には、メンタルな部分の差もあったと感じている。
「ここにゴールを設定したことがないので、実はそんなに大きなこと(記録)という感じは全くしていない。(中略)今回のことで言えば、ピート・ローズが喜んでくれていれば全然違うんですよ。それは全然違います。でも、そうじゃないっていうふうに聞いているので、だから僕も興味がない」
「ずいぶん犬みたいに年(ドッグ・イヤー)をとったんじゃないかと思う。人に会いたくない時間もたくさんありましたね。誰にも会いたくない、しゃべりたくない。僕はこれまで自分の感情をなるべく殺してプレーしてきたつもりなんですけども、なかなかそれもうまくいかずという、苦しい時間でしたね。(中略)僕も切ったら、赤い血が流れますから。緑の血が流れている人間ではないですから。感情もあるし、しんどいですよ」
前出の言葉がローズ超えの際であり、後出が3000安打達成時である。