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永里優季が語った「五輪のない夏」。
敗退の理由、世論との軋轢、東京。
posted2016/10/20 16:30
text by
了戒美子Yoshiko Ryokai
photograph by
AFLO
リオ五輪が終了し、息つく間もなく、日本国内には東京五輪ムードが漂い始めた。
リオ五輪での功績を讃えるイベントでも、早くも東京への決意が語られる。人々はこの空気を楽しんでいるのか、それとも流れに振り落とされまいと必死なのか。ともかく、一色に染まりつつあるこの空気が、加速をつけて濃度を増し、あっという間に4年間が流れていくであろうと容易に想像できる。
だがだからこそ、五輪のない夏を過ごした彼女たち、なでしこジャパンについてもう一度考えておきたいと思った。
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2011年にはドイツW杯で王者となり、2012年のロンドン五輪では銀メダル、2015年のカナダW杯では、2連覇こそならなかったものの準優勝に輝いた。つまり世界のトップを走ってきたはずの彼女たちが、なぜリオ五輪に出場すらできなかったのか。主力として戦った1人、永里優季に話を聞いた。
「女子サッカー界にとって事件だと思う。申し訳ない」
予選を振り返っておくと、開幕したのは今年の2月。いわゆるセントラル方式で、会場は大阪だった。6カ国1グループで構成され、中1日で一気に5試合が行われた。
2位以上に出場権が与えられるが、日本は初戦の豪州戦に敗れると、続く韓国戦でも勝ち切れずに引き分け。最終的に2勝1分2敗で3位となり、4大会連続の五輪出場を逃した。
予選前からなでしこは近年の低調さが指摘されており、ホーム開催の予選を突破できなかったのは自然な成り行きと言う者もいたが、元世界王者の敗退は、世間に衝撃をもって捉えられた。
予選直後の3月、なでしこリーグの開幕前記者会見に出席したベテランの岩清水梓が、代表とは本来関係の無いその席で自らマイクを持ち、予選敗退を詫びる一幕もあった。
「女子サッカー界にとって事件だと思う。申し訳ない」
それくらいショックな出来事だった。