スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
実力者、生え抜きを次々と放出――。
バレンシア、再建どころか崩壊危機。
posted2016/09/02 11:00
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph by
Getty Images
8月30日、パコ・アルカセルのバルセロナ移籍が正式に発表された。
バルサは今夏を通してトリデンテを補強する第4のFWを探し続けてきたが、これまで多くのストライカーにオファーを断られてきた。今、バルサに来てもルイス・スアレスの控えとなることは確実で、コンスタントに出場機会を得られる見込みは薄いからだ。
スペイン代表にも名を連ねる23歳のストライカーにとっても、飼い殺し状態になる危険性のあるバルサへの移籍は選手としての成長に支障をきたすリスクがある。それだけに、彼がバルサ行きを決断したことは驚きだった。
何よりパコはバレンシア生え抜きのカンテラーノであり、ファンの愛情を一身に受けてきた選手である。そんな彼がようやくエースストライカーとしての立場を確立しはじめた矢先に、愛する地元クラブを離れるわけがない。多くのファンはそう信じていたはずだ。
彼ほど重要な選手を、3000万ユーロ程度の移籍金で手放したクラブの決断にも驚かされた。それもスポーツディレクターの“スソ”ガルシア・ピタルチやレイホーン・チャン会長がパコの残留に尽力していたというのに、実際はオーナーのピーター・リムが早々に移籍を容認したというから後味が悪い。
シンガポールの大富豪到来で復権……のはずが。
「もう選手を売る必要はない」
2014年5月。当時会長を務めていたアマデオ・サルボは、深刻な経営難に陥っていたバレンシアを消滅の危機から救ったピーター・リムのクラブ買収を実現し、誇らしげにそう言っていた。
彼だけではない。シンガポールの大富豪の到来と共に、バレンシアは2度のリーグ優勝やCL決勝進出を果たした2000年代初期の強さを取り戻せるはずだと、当時は多くの人々が期待を膨らませていた。
実際、新体制の出だしは順調だった。リムは同年の夏に総額1億4800万ユーロを補強に投じ、アルバロ・ネグレド、ロドリゴ・モレーノ、アンドレ・ゴメス、ニコラス・オタメンディ、シュコドゥラン・ムスタフィらを次々に獲得。生まれ変わったチームはリーグ4位を死守し、目標のチャンピオンズリーグ出場権を勝ち取った。