野球場に散らばった余談としてBACK NUMBER
「悔いはないか? 後悔してないか?」
上園啓史を動かした上原浩治の言葉。
posted2016/08/15 07:00
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph by
Alfred Cop
リュック1つで日本を旅立ってから、まだ4カ月しかたっていないのに、初めて降り立った異国にすっかりなじむ。近所のパン屋で朝食をとり、英語の勉強に励む。午後は自らの練習や少年野球で教えたりする。
阪神でプレーしていた2007年に新人王を受賞した上園啓史はいま、オランダで新たな夢を追いかけている。
唐突に「オランダに行きます!」と聞いたときは、思わず首をひねった。見渡せば、どこまでも平地が続く。風車、チューリップ、アンネの日記、画家のゴッホ……。ヨハン・クライフを生み出すなどサッカーの強豪だが、いったい、この国のどこに野球があるのだろう。
あまりにも遠く離れているから無縁に映るが、実は違う。週末は少年野球や少女ソフトボールが盛んに行われている。トップチームは2013年のWBCでは、オランダ領キュラソー島出身で、バリバリの大リーガーだったアンドリュー・ジョーンズ(当時楽天)らを擁してベスト4に躍進した。
意外にも、オランダ野球の歴史は古い。米国から伝わったのは1905年だという。日本より早い1922年には国内リーグが始まり、脈々と続く。いま、南部のオースターハウト・ツインズでプレーする上園も「70年くらいのチームもあります」と強調する。
余談ではあるが、今年から発足するユーロリーグベースボールで、オランダ出身でソフトバンクに所属するリック・バンデンハークの父ウィム氏が会長を務めている。2020年の東京五輪では野球が復活し、ヨーロッパで高まる野球熱は、さらにヒートアップするだろう。
日本の常識とは異なる野球に衝撃を受ける。
昨年10月に楽天を戦力外になるまで、NPBで9年間のキャリアがある上園も、オランダ野球には驚きの連続だったという。
「僕のチームは試合前のノックにスタメンの選手しか参加していないんです」と苦笑いする。野手全員が丁寧に打球を捕る光景は、ここにはない。試合でもカルチャーショックを受けた。僅差の終盤に送りバントのサインが出ないことが多いという。
年齢が近い監督に「もっと指示を出せばいいんじゃないですか」と問うと、答えはこうだった。
「thinking themself」
彼らが考えることだよ──。犠牲を払うバントよりも自主性を重んじる。異質な野球観に触れる新鮮さがあった。
「日本くらい教育して、そのあとに『任せる』なら、いいと思うんですけど、まだ、その前段階。発展途上の部分も多いですね」