オリンピックへの道BACK NUMBER
ケンブリッジ飛鳥か山縣か桐生か……。
日本選手権の続きで9秒台を夢見る。
posted2016/06/27 17:30
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Yusuke Nakanishi/AFLO SPORT
それぞれの表情が、かけていた思いを示していた。
6月25日、愛知県・瑞穂スタジアム。第100回の記念大会であり、リオデジャネイロ五輪代表選考会でもあった日本選手権男子100m決勝。出場する面々は、今シーズン、好調が伝えられ、9秒台への期待も高まっていた。
誰が勝つのか、未知の領域へと踏み込むのか――。
決勝のスタート時間が近づくにつれ、最寄りの地下鉄の駅からの歩道には、スタジアムへ向かう人々があふれた。
午後8時30分に始まったやり投げの表彰式が終わると、いよいよ、スタートのときが近づく。
小雨だった雨は、勢いを増す。トラックの水に、ライトが白く反射する。向かい風0.3m。
スタート。飛び出したのは山縣亮太だった。
山縣は快調に飛ばす。桐生祥秀と差が開いていく。と、山縣と桐生の間からするすると伸びると、桐生をかわし、山縣に迫る選手が……ケンブリッジ飛鳥だった。
山縣とケンブリッジの差が縮まる。
ゴール。
山縣は、祈るかのように手を組み合わせ、掲示板へ目を向ける。ケンブリッジも見守る。
わずかな間のあと、掲示板に表示された名前を見て、喜びを爆発させたのは、ケンブリッジだった。10秒16。2位は山縣、10秒17。その差は0.01秒。桐生は10秒31にとどまり、3位に終わった。
レース後、桐生が号泣した。
レース後は三者三様だった。
「イメージしていた通りのレースができました」
と、ケンブリッジ。山縣と桐生に先行されるのは予想していたという。
「最後に間を抜ければいいと思っていました」
終始、突き抜けるような笑顔だった。
敗れた山縣は、振り返った。
「勝ったかなと思ったけれど、抜かれていました」
淡々と、落ち着いた口調ではあった。それはいつも通りではあったが、時折、うつむき加減な様子、目の厳しさに、悔しさがあふれているようだった。
3位ながら、唯一、派遣設定記録の10秒01を日本選手権の前にクリアし、規定により五輪代表に内定した桐生は、涙を流した。
「何も言えないというか……。こんな形で決める予定じゃなかったですし、一番嫌な決まり方というか、インタビューも笑顔で受けるつもりだったんですけど、あまりにも情けないです」
涙が止まらなかった。