モーターサイクル・レース・ダイアリーズBACK NUMBER
ドルナ&MotoGPの25年を振り返る――。
世界のバイクレース、劇的変化の足跡。
text by
遠藤智Satoshi Endo
photograph bySatoshi Endo
posted2016/03/13 10:40
90年代にグランプリデビューし、その後、MotoGP人気を牽引してきた“史上最強ライダー”バレンティーノ・ロッシ。
F1人気を追うように、バイクレースも変化してきた。
その当時、4輪の最高峰レースとして人気があったF1は、プロモーターが国際自動車連盟(FIA)と開催契約を結んでシリーズ全戦を統括運営することで大成功を収めていた。それを手本とする形で、「ドルナ・スポーツ」という会社がFIMと年間開催契約を結び、さまざまな改革を成し遂げていくことになったのである。
出場資格を選手でなくチームに与えることで、それまでエントリーが膨らみすぎていた小排気量クラスの台数を抑えることに成功した。エントリー台数を確保するのが難しかった最高峰クラスの500ccクラス(現MotoGPクラス)は、コスト削減のためのルール作りや、ドルナが直接サポートすることで逆にエントリー台数を安定的に確保することに成功。さらに若手選手育成のプログラムも充実させ、継続的に世界各国から優秀なライダーたちが集まるようにもなった。
ドルナの改革は2輪ファンを世界に広げた。
ドルナによる改革の中には、スポーツ性よりもテレビ放送を優先するルールだと批判される変更もあったが、2輪のレースファンを世界中に拡大したという点では、評価されるべき発展だったと言える。
テレビ放送が時間通りに進行するようになった理由のひとつは、メインレースのMotoGPのスタートに合わせて、その前に行なわれる小排気量クラスのMoto3やMoto2のレースを時間通りに終わらせることができるようになったからだ。事故などでレースが赤旗中断になった場合、再開後のレース周回数を大幅に減らせりようにルールを改正することもあった。
MotoGPクラスでは、天候などによってレースコンディションに大きな変化があったとしても、スタートからゴールまでレースを中断しなくてもいいように通称“フラッグ・トゥ・フラッグ”と呼ばれるルールを採用。これにより、レースを中断することなくレース中にピットインすることでタイヤセッティングが異なるマシンへの交換が出来るようになった。いまから10数年前に実施された“フラッグ・トゥ・フラッグ”は、当時にしてみればありえない大改革だったが、いまではすっかり定着している。
長年グランプリを取材してきた者としては、プロモーターであるドルナの思いつきや発想、それを実行に移してきた行動力には、(個々のルールの是非は別としても)正直ただただ感心させられることが多かった。