相撲春秋BACK NUMBER
イケメン力士のストイックな素顔。
遠藤、いまは徹底的な治療の時を。
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byKyodo News
posted2016/02/09 11:50
初場所2日目、御嶽海と対戦する遠藤(右)。学生時代から対戦経験がある2人。御嶽海は遠藤の2代後のアマチュア横綱でもある。
番付を落としても休むことのメリット。
「番付が落ちるのを覚悟で休んで、元のケガをちゃんと治せばよかったと思う。今回の遠藤のように、結果的にダブルでケガをしてしまうと、元のケガのほうの治りが余計に遅くなってしまうものでね。だましだまし無理をして出場し、負け越しが続いてズルズルと番付が下がるって、これは力士にとって自信を無くすことにしかならない。逆に治療とリハビリで長い休場が続いても、『ケガさえ治れば元の番付に戻れるんだ!』と信じられる。この違いは大きいんだよ」
現在の大相撲ブームを呼び起こすきっかけとなったのは、間違いなく遠藤の存在である。'13年9月に新入幕し、彗星のごとく現れた、端正な顔立ちのイケメン力士。そのスピード出世を物語るザンバラ髪での活躍が、「遠藤フィーバー」を巻き起こしたのは記憶に新しい。
己のあずかり知らぬ“土俵外”で、その意思に関わらず、遠藤は一躍“時の人”として注目を浴びることになる。連日、部屋ではファックス受信のコール音が鳴り止まず、用紙を日に3度満タンに補充しても追いつかないほどに、各メディアからの取材・出演依頼書が殺到していたという。
土俵と静かに対峙できる時。
そして、人気低迷にあえぐ角界の救世主となった彼は、まるで反比例するかのように、その口数と笑顔を日に日に減らしていった。
来場所は十両に番付を落とす遠藤に、もう懸賞金はかからない。日本相撲協会最大の公式スポンサーである永谷園によると、契約上、この2月からはCM放送がなく、新たな「遠藤押し」キャンペーンも白紙だということだった。
「幕下になろうが三段目になろうが、相撲を取れる体に戻すことが大事。今度出る時は、こういうことがないようにします。
本人は番付を落とすことについて、まったく気にしていませんよ」
と師匠は代弁する。
物言わぬ稀代の人気力士は、今、見えないプレッシャーをひとつ、肩からそぎ落とせるのかもしれない。周囲の狂騒曲をよそに、大学生のあの頃も今も「遠藤聖大」の名前そのまま、きっと自身は変わらずにいるはずだ。ときに不器用なほどにストイックで、健気なほどに真摯な、ただひとりの力士でしかない。そんな遠藤に、やっと土俵と静かに対峙できる時が訪れたともいえまいか。
そして、ふと思いを馳せる。
もし彼がイケメンではなかったら、今の相撲界は、遠藤は――。
はたしてどうなっていたのだろうか。