ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
長谷川穂積、“予想外”の復帰戦。
「打たせない」に徹したこの男は強い。
posted2015/05/11 11:20
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Getty Images
長谷川穂積(真正)が9日、神戸市立中央体育館のリングに上がり、無敗の世界ランカー、オラシオ・ガルシア(メキシコ)に大差判定勝ちを収めた。昨年4月、IBF世界スーパーバンタム級王者キコ・マルチネス(スペイン)に敗れて3階級制覇に失敗し、引退が取りざたされたサウスポーが、1年ぶりのリングで手にした勝利だった。
不思議な気持ちで試合を観た。試合後、テレビの解説席でインタビューを受けた長谷川のセリフが、観戦者の心理と一致していたように思う。
「今回は1回も勝つイメージがなかった。試合中も次の回で倒されるのかな、次の回で倒されるのかな、と思っていた。勝てて良かったです」
次倒されるのかもしれない―─。
口には出さないけれど、多くのファンが心の中でそう感じていたはずだ。対戦相手のガルシアは29戦29勝21KO。ビッグネームとの対戦がないとはいえ、実力者であることはゴングと同時にわかった。
バランスがよく、恵まれた体格から繰り出すパンチはシャープで強い。「これは苦しい試合になりそうだな」というのが初回の印象だった。
攻勢のシーンよりも、逃げ切った時に歓声があがる。
34歳の長谷川は持ち味であるスピードで無敗の24歳を翻弄しにかかった。左右にステップを踏みながらパンチをヒットさせ、ガルシアが反撃に出るときには、既にパンチをもらわない位置に動いていた。メキシカンのパンチは空を切るばかりだが、それでも近年の長谷川を知っている者は、余裕を持ってこの一戦を眺めることはできなかった。
2010年のフェルナンド・モンティエル戦、'11年のジョニー・ゴンサレス戦、そして昨年4月のマルチネス戦と、長谷川はまずまずのペースで試合を進めながら強打者との打ち合いに応じ、最後はKO負けを喫していた。打撃戦に巻き込まれ、あるいは打撃戦に自ら挑んで強打を食らってしまうのが近年の長谷川だった。だから残酷なシーンがつい脳裏をかすめてしまうのだ。
長谷川がパンチを外して安全地帯に逃げるたびに、クリンチでガルシアの体に抱きつくたびに、あちこちから歓声が上がる。攻勢のシーンではなく、逃げ切ったときの安堵の歓声。不思議な気持ちとはそういうことだった。