野ボール横丁BACK NUMBER
安楽智大が殻を破る時の、ある感覚。
高校時代に3度見えた「軌道」とは?
posted2015/01/04 10:40
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
AFLO
あのストレートをもう一度、見たいものだ。あの年齢で、あのコースへ、あれだけのスピードボールを投げられる投手は、そうはいまい。
楽天にドラフト1位で入団が決まった済美高校の安楽智大のピークは、間違いなく2年夏の愛媛大会だった。2013年7月26日、準決勝の川之江戦。安楽の体内を、高校に入学してから三度目となる「あの感覚」が走った。
0-2と2点リードを許す展開で迎えた6回2アウト走者なし。打席には4番打者。2ストライクと追い込んでからの3球目だった。
「人に言ってもあんまり信じてもらえないんですけど、足を上げた瞬間、ボールの軌道が見えるときがあるんです。あんときは、ボールでもいいからとにかく腕を振ろうと思って。そうしたら、軌道が見えた。あ、これはスピードが出るなと思いましたね」
「スピードボールは、たった1球で雰囲気を変えられる」
ちなみに捕手も、安楽がそう感じているときはわかるという。そのときバッテリーを組んでいた3年生の金子昂平は証言する。
「これは来るな、というのはだいたいわかる。左足がついてから、スローモーションみたいに見える。その段階でもまだ左肩しか見えなくて、腕がぜんぜん見えてこない。まだ来ない、まだ来ない、って。ものすごくリラックスしてるのに、そっからズバーンってくる。川之江戦のときもそうでしたね」
右打者のアウトローへ、刺さるようなスピードボールが決まった。バッターは手が出ず、見送り三振。坊っちゃんスタジアムの電光掲示板には、自己最速となる157kmが記録され、球場がどよめく。そこから球場の雰囲気がガラリと変わり、済美は最終的に3-2で逆転勝利を収めた。
安楽はスピードにこだわる理由を、常々こう話している。
「三振や安打数の記録は、試合が終わってみないとわからない。でもスピードボールは、たった1球で球場の雰囲気を変えられる」
まさに、あの1球で、安楽は勝利をたぐりよせたのだ。