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井上尚弥、6戦目で最速世界獲得!
王者が噛ませ犬に見えた“力の差”。 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byAP/AFLO

posted2014/04/07 11:15

井上尚弥、6戦目で最速世界獲得!王者が噛ませ犬に見えた“力の差”。<Number Web> photograph by AP/AFLO

試合後、腫れ上がったエルナンデスの顔とは対照的に、井上尚弥の顔は綺麗なままだった。無傷で世界を獲った怪物はどこまで上るのだろうか。

減量の影響で、試合中に足がつるアクシデント……。

「1、2ラウンドは自分のペースで試合ができた。でも相手はチャンピオン。これでは終わらないと思った。何かを持っているはず。思った通り4回になったら前に出てきた」

 6戦目とはとても思えない冷静な視点で振り返った井上だが、自らの体に異変が起きることまでは予想できなかっただろう。3ラウンドの終盤、井上の左太ももがけいれんを起こす。足がつるのは脱水症状によることが多く、それほど汗をかいていない序盤のけいれんは、減量の影響に違いなかった。

 井上が減量に苦しんでいたのは本人も試合後に認めた。大橋秀行会長は「見ていてもつらそうだったし、何度も連絡して体重を確認した」と明かす。試合前の公開練習や記者会見で、井上はいつになくピリピリと張りつめたムードを漂わせていた。これもプレッシャーからくる緊張というよりは、減量が大きな原因だったのである。

 井上が試合中に足がつるのはアマチュアを通じても初めての経験だ。劣勢のチャンピオンが動きの鈍ったチャレンジャーを見逃すはずはない。ここがチャンスとばかりにエルナンデスは牙をむいて井上に襲い掛かり、得意とするクロスレンジの攻防を仕掛けた。

 5ラウンド、井上は決定的なブローを巧みに避け、それなりに手を出しながらも、メキシカンの渾身のボディ攻撃を浴びた。序盤の勢いは影をひそめ、打ち合いの中でボディにダメージも受けた。

ふさわしい相手に出会えた喜びが表情に出ていた。

「そろそろいかないと足がもたないと思った」

 勝負に出る決意を固めたのは、6ラウンドが始まる前だった。井上はアクシデントに見舞われながら、戦局と自らの体を冷静に分析した。ラウンド後半、王者が打ち疲れ攻撃の手を緩めた一瞬のすきを見逃さなかった。「狙っていた」という右を相手の肩越しに振り下ろすと、テンプルにパンチを食らったエルナンデスがキャンバスに崩れ落ちる。何とか立ち上がったものの、足元のふらつくメキシカンをレフェリーが救う形で試合は終わった。

 これまでの5戦、井上は決して本当の実力を披露していなかったように思う。対戦相手が物足りないこともあったし、格の違いを見せつけようとKOを狙いすぎ、自分のボクシングを崩してしまった試合もあった。

 この日、井上は笑顔を見せながら入場してきた。「強い相手としか試合をしたくない」。デビューするにあたり井上が大橋ジムに出した“条件”が思い浮かぶ。ようやくふさわしい相手と拳を交える喜びが笑顔につながり、アクシデントが起きるまでのパフォーマンスは、まるで大海に解き放たれた魚のように見えた。

【次ページ】 「具志堅さんの持つ13回の防衛記録を目指したい」

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