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耳栓なしで会話ができるほど静かに。
今季のF1はエンジン音も大変貌。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byHiroshi Kaneko
posted2014/03/23 10:40
野太い低音が響いたオーストラリアGPに、F1界のドン、バーニー・エクレストンは「ノイズが重要」と、かつての大音量を取り戻したい意向を示していた。
「人間が作ったモノは、必ずそこに作った人の思想が刻まれている」
これはかつてマクラーレンとともに16戦15勝の栄光を打ち立てた、あるホンダ・スタッフの言葉である。世界最高峰で戦う者たちの取材は、常に興味深い事実、魅力的な言葉があふれているものだが、その中でもこの言葉はいまも忘れることができない名台詞として、私の心に刻まれている。
私はこれは造形だけでなく、音にも当てはまると考えている。だから、昨年12月15日の当コーナーでも、エキゾーストノートをテーマにした。
昨年の最終戦ブラジルGPで、レッドブルとルノーがエキゾーストパイプが真っ赤になるまでエンジンを高速で回転させ、2.4リッターV8自然吸気エンジンとの惜別を多くの人たちと分かち合った儀式は、まさに人間が作り出した音へのトリビュートだったと思う。
その音は、同じ2.4リッターV8自然吸気でも時代によって異なっていた。それは何も音色を変えるために変化したのではなく、変更されたレギュレーションの中で、速さを競うために技術者が作り出したエンジンの仕様によって変わってきた独特の音である。
「相応しくない」と否定的なコメントも。
2014年の開幕戦となったオーストラリアGPのオーガナイザーであるロン・ウォーカーは、地元紙に「新しくなったF1の1.6リッターV6ターボエンジンの音は、巨額を投資するイベントに相応しくない」と否定的なコメントを語った。
確かに1.6リッターV6ターボの音は、これまで変化してきたエンジン音の変遷の中でも、もっとも大きな変貌を経験したものの1つだろう。フリー走行中に、耳栓なしでピットレーンで会話できるほど静かになったのだ。エンジン音が高まらないままスタートしていく光景も初めて見た。しかし、私はその変化に怒りは感じなかった。なぜなら、その音には技術者たちの努力が詰まっているからである。
新しい1.6リッターV6ターボは、単に2.4リッターから33%排気量がダウンサイジングされているだけではない。100kg/hという燃料流入量に関する規制がかけられている。これは燃料をエンジンに流入するスピードの単位で、1時間あたり100kgという流入スピードをいかなる瞬間も超えてはならないという規則だ。