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<2013WRC最終戦ウェールズラリー紀行> 森の中の一瞬を愉しむために人々は年に一度やってくる。
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph byVolkswagen
posted2014/01/10 06:20
お気に入りの場所で何時間でも待つのが愉しいんだ。
「自分たちしか知らないお気に入りの場所を見つけ、仲間といろんな話をしながら何時間も待つ。それがほんとに愉しくて、ラリーの季節が来るのが待ち遠しくて仕方なかった」
巨木の背後から頭だけ出し、ぬかるんだ森の中の一本道を180キロのスピードで爆走してくるラリーカーを、1メートルの至近距離で覗き見る。禁止されていることではあるが、その快感と興奮は容易に想像できる。
ゲートを過ぎてさらに前方に進むと、コース沿いの小道はすでにかなり混雑している。
上品なお年寄り夫婦、中年男性の仲間同士、小さな子供を連れた若夫婦、少年たちのグループ、客層はさまざまだ(唯一、女の子だけの集団は見なかったが)。みんな自分の観戦場所を確保すると、そこにじっと立ち、あるいは座って、白い息を吐きながらレースが始まるのを待っている。大声で笑うわけでもなく、声高に世間話をするわけでもない。ときどき仲間に話しかけるときも、まるで森の中の小動物たちに気兼ねでもするかのように、小さな声で話をする。たぶんウェールズ人というのはすごく静かな人々なのだろう。
ウェールズの人々は完璧なドリフトを黙って凝視した。
ラリーのどこが愉しいですか? 僕の素朴な質問に、地元ウェールズのコンウィから親友、家族、6人連れで観戦に訪れていたライリーさんは、こんなふうに答えてくれる。
「もちろんスピードさ! 見ているだけでどきどきするじゃないか」
スピード、そりゃあそうだ。
「それとね、2013年はコースレイアウトが変わってしまったから会えなかったんだけど、毎年、このラリーに来ると同じところで同じやつに再会するんだよ。相手の名前も、何をやってるのかも知らないけど、一年に一回、彼に会えるだけでなんだか嬉しくてね」
待つことおよそ1時間、最初にFIAの車がやってきて、コース上の安全を確認すると、いよいよレースがスタートする。
遠くのほうから、バリバリバリというプラスチックを粉々に砕くような排気音が聞こえてきたかと思うと、ぬかるんだ道をとんでもない勢いで突っ走ってくる車体が木々の合間に見え、そしてその数秒後、視界の右側から現れた車は、目の前の急カーブで完璧なドリフトを演じながら、あっと言う間に視界の左側へと消え去ってゆく。
きっとこれがイタリアやポルトガルなら観客から大きな歓声があがるのだろうが、ウェールズの人々はやっぱりここでもじっと黙ってその姿を凝視するだけだった。