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<2013WRC最終戦ウェールズラリー紀行> 森の中の一瞬を愉しむために人々は年に一度やってくる。
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph byVolkswagen
posted2014/01/10 06:20
11月16日午前9時。プレスツアーはチェスター駅前のクイーンホテルを出発した。
僕はミニバンに乗り込み、1人のスペイン人男性と最後部座席に並んで座る。
「ルイス・モヤです。今日と明日、私もプレスツアーに同行します。わからないことがあれば、なんでも遠慮なく訊いてください」
ルイス・モヤ、53歳。かつてスペインが生んだ名ドライバー、カルロス・サインツのコ・ドライバーとして15年間にわたり活躍、世界選手権優勝2度を含む、数々の栄光を手にした人物である。今シーズン、彼はフォルクスワーゲン・モータースポーツからの依頼で、プレスツアーの参加者のためにラリーのコーチングを引き受けている。
ミニバンはチェスターの街を出ると、A483線に乗り、ウェールズを北から南へと軽快に下ってゆく。グレート・ブリテン島の西部に位置するこの地方はよく雨が降る。その雨によって育まれる豊かな緑が大地を深く覆い、木立の美しさをより際立たせている。その雨ゆえに、ウェールズラリーは「霧と泥のラリー」と呼ばれる。
ラリー観戦は初めてなんです、僕が告げると、ルイスはいろいろと説明してくれた。
レースコースまではひたすら上り坂と、ぬかるみ。
2013年のWRCにおけるフォルクスワーゲンの圧勝は、彼自身、予想もしない出来事だった。ただサインツと共に開発当初から関わっていたルイスは、このポロR WRCが初年度はなんとか表彰台に上がれればいい、というレベルの車でないこともよくわかっていた。
「加えて、フォルクスワーゲンという強力なチームが参戦したことで他チームに猛烈なプレッシャーが生じ、シーズン序盤で彼らに狂いが生じてしまった可能性もある」
もちろん、2013年世界チャンピオンになったセバスチャン・オジェの成長は言うまでもない。どんな路面にも抜群の対応能力があり、運転技術はパーフェクト。オジェは最も効率のいいラインで完璧にカーブを走り抜けることができる、とルイスは言う。
チェスターを出て2時間、僕たちの車はレースコースまで残り4マイル(約6.4キロ)まで近づいた。しかし片側1車線の山道はものすごい車の数で大渋滞。ここからは歩きだ。
山々は紅葉した木々で覆われ、空気はとびきり美味しい。本来なら長めの散歩を楽しむつもりで歩いてゆけばいいのだが、早くポイントにたどり着かなければ、レースが始まってしまう。おまけに道はひたすら上り坂、未舗装の路面は捏ねたてのセメントのようにぬかるんでいる。僕のジョギングシューズとジーンズはたちまち泥だらけになってゆく。