ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
雷と雹で足止めされ、残雪で滑落。
PCT終盤で思い知らされた山の怖さ。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/11/10 08:00
マウント・アダムズを眺めながら歩く井手くん。この直後から天候が崩れ始めた。
氷に足を滑らせ、必死でポールを掴むも……。
ずっと身体を横たえていたこともあり、息を切らしながら急坂を登る。
絶景で知られる稜線区間、残雪をトラバースしなければならない箇所が幾つかある。そんな箇所を今までの調子で踏み跡を見つけながら進んでいたときのことだ。
前日の雨や雹が固まり、氷となった踏み跡は、僕を危うく滑落させかけた。あらぬ方向に曲がった肘でトレッキングポールを掴み、まさに九死に一生を得る。ずっと下が大きなガレ場となっているのが見えた。
この時ばかりは、本当に死ぬかと思った。
なんとかしなければと思うが、キックステップをしようにも、ランニングシューズは氷にうまく刺さらない。つま先に重心を乗せ、短くしたトレッキングポールを氷に突き刺し、前傾姿勢で氷にへばりつく。情けない格好だが、一歩進むだけで冷や汗が吹き出す。
必死に三点支持で爪先で氷を削りながら突破した後には、疲労困憊で座り込んでしまった。一気に全身をだるさが襲う。膝が大笑いしている。僕に自分を笑う余裕はない。痛みを感じ靴下を脱ぐと、両足の爪が内出血していた。
だが、顔を挙げたとき、目の前に広がる景色は素晴らしいの一言だった。乾いたからなのか、カメラは急に作動し始める。幾つかの機能は使えなかったが。撮りたかったわけでもなかったが、死ぬ思いをした自分を、セルフタイマーで収めておこう。
ぐずぐずしていられない。山の反対斜面からは、滝のように雲が落ちてくるのだから。
絶景を前に僕は景色を愉しむ余裕はなく、とにかく早く山から脱出したい一心で休まずに歩き続けた。
18時前、トレイルからハイウェイに抜けると、再び雨がパラつき始めた。急いで荷物を送ってある峠のストアに向かう。まさに「ゲッタウェイ」。ビッグセクションとなったこの区間を無事に越えられたことに安堵する。
そして、僕は心の底で決めていた。
「もう、山になんて、いくものか」