ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

雷と雹で足止めされ、残雪で滑落。
PCT終盤で思い知らされた山の怖さ。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/11/10 08:00

雷と雹で足止めされ、残雪で滑落。PCT終盤で思い知らされた山の怖さ。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

マウント・アダムズを眺めながら歩く井手くん。この直後から天候が崩れ始めた。

真っ白な絶望、パンをかじっても一人。

 たまにテントの外で物音が聞こえると、誰か来たのかと思い期待してしまう。雨に濡れながらテントを開けて外を覗く。そして、霧に包まれた真っ白な景色に絶望する。こんな状況で人のことをアテにしている自分が情けない。自分一人で、この状況を抜け出さなければならないのだ。

 そんなことを繰り返す。時計は何度見ても、およそ10分毎にしか進まない。食糧を多めに買い足しておいたのが良かった。湿ったパンをゆっくりと、少しずつ齧る。

 雷の音と光が止み、雨と霧だけが残った昼過ぎ、僕は地図とにらめっこをしながら考える。心の中では、その日1日の停滞を決めていたが、明日になれば天気がさらに悪くなる可能性だってある。

 ベストな解決策は見つけられないが、いつ歩き始めるのがベターな選択肢なのかも、わからない。模範解答を作る必要はない。とにかく無事に峠を越えてしまえばいいのだ。

 とはいえ、ハイウェイまでは26マイル。アップダウンが厳しい区間とはいえ、明日の朝に出れば、1日で十分辿り着けるだろう。その分の食糧はある。

 今飛び出しても、再びキャンプ適地を見つけられる自信はない。過去の経験からして、待つべき時は、待つしかないのだ。

恐怖に満ちた36時間を経て、外の世界へ。

 孤独感と不安感、恐怖に満ちたテントでの36時間を経て、翌朝、僕は外の世界に出た。霧が少し残っているが、雨はほとんど降っていない。

 眠れなかったこともあり、日の出と同時に歩き出す。少し開けた場所に出ると、遠くにMount Adamsが見える。数日前に見た時より、明らかに白く輝いていた。山頂は雪だったのだろう。

 土砂で崩落したトレイルを進みながら、幾つか峠を越えて行く。一つ峠を越えると青空が広がり、もう一つ峠を越えると真っ白な世界に包まれる。まさに山岳気象といった感じだ。

 シャッタースピードが調節出来なくなったカメラで写真を撮りながら進んで行くと、1人のバックパッカーと出会った。Lucky Manと名乗る彼。一体何処から現れたのだろう。これまでも見たことがない。

 彼は僕のテントを見つけ、そこから少し下のトレイル上にテントを無理やり設営して36時間を過ごしたのだという。僕のテントを見て安心したと語ってくれたが「僕は君のテントを見たかったよ」と言い返しておいた。

【次ページ】 氷に足を滑らせ、必死でポールを掴むも……。

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