ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
雷と雹で足止めされ、残雪で滑落。
PCT終盤で思い知らされた山の怖さ。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/11/10 08:00
マウント・アダムズを眺めながら歩く井手くん。この直後から天候が崩れ始めた。
雷に心を乱されて、舞い戻るテントの中。
沈没船のようなテントの中で栄養バーを齧り、パッキングを済ませて外に出る。トレイルは雹で真っ白になっていた。写真を撮ろうとしたが、雨に濡れたせいなのか、カメラはうまく動いてくれない。ジップロックで包むだけでは防水が十分ではなかったのかもしれない。
そんなことに気を落としている暇はない。震える身体を暖めるように、僕はトレイルを走り出した。「走る」といっても、もちろんバックパッキング用の装備を全て背負っているのだから、そんな格好のいいものではないが。
ここで転んで滑落でもしようものなら、この旅の全て、或いはそれ以上のものを失ってしまうということを自分に言い聞かせ、慎重に山を駆ける。
走った甲斐があり、日没より早くキャンプ適地に着いた。しかし、そこに張ってあるはずのOtterのテントはない。恐らく彼はさらに高度を落としたのだ。
軽い絶望感に包まれるも、とにかく無事に安全地帯に降りることができた。さっき通過した時に乾いていた川の跡地は、濁流がものすごい音を立てて流れていた。水の心配は要らなそうだ。
その日は出来る限りの努力をし、出来うる範囲で最高の寝床を整えた。着ていたハイキングシャツはテントの浸水した部分に敷く。寝袋を濡らさない為、マットの上から動かさないように、身体を小さくして眠った。
雷の光と音以上に、近くでゴロゴロと起きている落石の音が僕を寝かしつけてはくれなかった。
ウォーターベッドとなった寝床で、サンディエゴを思う。
翌朝も、雨は止まない。雹でないだけマシだろうか。トイレの為に外に出ることさえ憂鬱だ。一瞬で身体は濡れていくというのに、一晩寒い中で我慢していたため、尿意はとどまることを知らないのだから、困ったものである。
今日は稜線には出られないだろう。とにかく希望だけは捨てず、テントの中で雨音の強弱を確かめながら横になっていた。やはり、身体は動かせない。
まさにウォーターベッドとなっていく寝床で、サンディエゴでエンジェルの家に泊めてもらった時のことを考えていた。
彼らは、アメリカ人には庭でキャンプをさせ、僕たち外国人を部屋で寝かせてくれた。ルームメイトのイスラエル人は全ての装備をサンディエゴのREIで揃えていたなあ。そう、アメリカで初めての夜は、彼らの家のウォーターベッドだったのだ。
速乾性を謳うタオルはちっとも乾かない。旅の出発前にタオルをプレゼントしてくれた友人に文句を言ってやりたいが、そんなことは出来ない。もっとも、今彼に会ったら怒る前に泣きついてしまいそうだ。惨めで、心細い。