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葛飾区が産んだ「昭和の2大スター」
両さんと寅さんに、教わったこと。 

text by

疋田智

疋田智Satoshi Hikita

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photograph bySatoshi Hikita

posted2010/12/18 08:00

葛飾区が産んだ「昭和の2大スター」両さんと寅さんに、教わったこと。<Number Web> photograph by Satoshi Hikita

柴又にあふれる、過剰な昭和。

 水戸街道(国道6号線)をしばらく行くと、柴又街道に突き当たる。左に曲がると金町、右に行くと柴又。柴又街道のすぐ横には京成電車の金町線が通っている。単線である。何だかのどかな風景となる。

 実は私、社会人になったばかりの数年間、この葛飾金町に住んでいたことがあった。だから、このあたり、交差点も、線路も、家並みも、馴染みのものだらけだ。

 テレビ局のADだった20代の前半、週末の(滅多にとれない)休みに、このあたりをほっつき歩いていた。

 20代の前半、誰もがそうなのかどうか、常に孤独で、何だかいつもシアワセじゃなかった。その目で見ていたものと同じ、なにげない一つ一つの風景が、何だか心に刺さるほどに懐かしい。

 で、柴又街道(ここも銀杏並木なんだね)をまっすぐに行くと、おお、柴又、帝釈天、と、それらしき道路標識が出てきて、いつの間にやら、京成電鉄・柴又駅に着く。映画でもお馴染みのあのレトロな駅だ。

 ここから帝釈天までの表参道が、映画「男はつらいよ」の舞台である。

 おいちゃんがいて、おばちゃんがいて、さくらがいて、ひろしがいて、タコ社長がいる。ザ・昭和な葛飾柴又。そして、ここに来て誰もが驚くのは、この柴又という街が、本当に、リアルな意味で「今でも、昭和している」という事実であろう。

 街の人も、他所から来たとおぼしき人も、オジさんもオバさんも、着ているセーターの色、ズボンの長さ、ベルトの色、持っているカバン、ほか、すべてが四半世紀前のものにしかみえないのだ。

ウソかと思った。映画のまんまの人たちが歩いてる。

 信じられないと思うけど、これ、本当である。2、3年前にも驚いたことがあった。花見の季節に、柴又から江戸川の河川敷に出てみて、本当に驚愕。映画のオープニングシーンとまったく同じ土手に、映画の世界とまったく同じファッションセンスの男女が闊歩していた。私は唖然とした。ウソかと思った。が、今、あらためて「やっぱり本当なんだ」と思う。なにか目の前の風景の色彩からして「あの頃の総天然色」に見える。

 私は一人一人をつかまえて、どうしてそこまで、なぜそんなに昭和? と聞きたくなるくらいだった。でも、そんなことはしない(当たり前です)。できるのは、駅前銅像の寅さんに「なぜ?」と問うくらいだ。

 今は亡き渥美清扮する寅さんは、銅像の上でもディープに昭和だ。チェック柄でダブルのジャケット、箱形の「寅さんカバン」、お守り、雪駄、腹巻き。

 正直に言うなら、それこそ両さんの生まれた35年前から、こんな格好の人は現実には存在しなかった。まだ映画が現役で、昭和のまっただ中、まさにその頃から、すでにこの映画は「幻想の昭和」だったのだ。

 しかし、いわばその幻想の昭和を、寅さんファンは愛し、ここに住む人々は愛したわけだ。

【次ページ】 素朴な味がうれしい、柴又名物の草団子。

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