瀬古利彦の名言 

俺は中村先生になりきれなかった……。

瀬古利彦(陸上)

早稲田大学競走部で中村清監督の薫陶を受けた瀬古は、箱根駅伝では4年連続で「花の2区」を走り、2年生のときに出場した福岡国際マラソンでは日本人最高の5位入賞を果たし、一躍次代のホープと目された。その活躍は「一卵性師弟」とも形容された中村監督との常軌を逸した過酷な練習の賜であった。引退後、指導者となった瀬古は、恩師譲りの狂気のトレーニングを選手たちに強いた。「お前らを強くするためなら俺は何でもできるんだ!」と叫んで、植え込みの土を雑草ごと口に放り込んだこともあったというが、そんな瀬古についていける選手はいなかった。'91年に日体大からヱスビー食品に入社、10年の苦楽を共にし、引退した平塚潤との酒宴の席で、酔った瀬古はこう呟いたという。

Number617号(2004/12/09)

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