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<対戦相手が語る桑田と清原> KK、戦慄の記憶。~'83高知商/'84享栄/'85宇部商~ 

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阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

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photograph byToshihiro Kitagawa

posted2012/08/13 06:00

<対戦相手が語る桑田と清原> KK、戦慄の記憶。~'83高知商/'84享栄/'85宇部商~<Number Web> photograph by Toshihiro Kitagawa

桑田を打ち砕くことを期待された、享栄の「藤王二世」。

 翌'84年の大会は、前年の池田のポジションにPLが腰を下ろしていた。春の選抜大会は決勝で岩倉高校に敗れてはいた。勝者の岩倉はみごとだったが、大会5試合で清原は3本、桑田は2本の本塁打を打ち、投げても桑田は決勝で14個の三振を奪っていた。実力は群を抜き、負けさえも野球のむずかしさを示す教材になるような、特別なチームになっていた。

安田秀之
1967年5月26日、愛知県生まれ。享栄2年時に夏の甲子園に出場。'86年、南海に入団。中日などを経て、'00年、引退。現在は中日のスコアラーを務める。

 だが、2度目の夏は油断ならない相手との顔合わせがスタートだった。愛知代表の享栄高校は東邦、愛工大名電、中京などと覇を競うレベルの高い愛知県の名門で、特にこの年は強打が注目を集めていた。

「藤王二世」

 それが安田秀之につけられた呼び名だった。藤王康晴は前の年の選抜で3本の本塁打を放ち、享栄のベスト8進出の原動力になっていた。超高校級の打力と評価され、ドラフトでは地元ドラゴンズに1位で指名されて入団し、大きな注目を集めていた。その藤王に並ぶような素質の持ち主というのが、2年生の安田に対する評価だった。PLに清原がいるなら、享栄には安田がいる。安田なら桑田を打ち砕くかもしれない。

「高校では通算で47本、本塁打を打ちました。藤王さんが49本だったから、数だけなら近かったですね」

テレビで見る限り、打てない相手ではないと思われた桑田だが……。

 安田は現在、ドラゴンズでスコアラーを務めている。

「藤王さんたちの代が終わって新チームになった1年の秋からぼくは4番を任されました。しっかり当たれば、かなり飛んでいくという自信はありましたね。夏の大会は県予選の決勝で東邦と当たり、接戦になりました。4対3で勝ったんですが、その試合で得点に絡む活躍ができて」

 甲子園に乗り込んだときの安田は、口には出さなかったが相当な自信を秘めていた。抽選で1回戦がPLと決まり、喜ぶ者はいなかったが、うつむく者もいなかったという。

「勝てば勢いがついてぐんと上がっていける。そう思っていました」

 桑田、清原との対戦経験はなかったが、テレビでは何度も見ていた。テレビで見る限り、桑田は高校生としては、球も速いし、コントロールもいいが、まとまっている分、打てない相手ではないように思われた。

【次ページ】  “見てはいけないものを見た”享栄のエース・村田。

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