ロンドン五輪EXPRESSBACK NUMBER
「これは伝説への一歩に過ぎない」
最速の男、ボルトが駆け抜けた9秒63。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTetsuya Higashikawa/JMPA
posted2012/08/07 13:25
ボルトの伝説はどこまで続くのか。残すは200mと4×100mリレー。4×400mリレー出場の可能性もあり、そうなると4冠が現実味を帯びてくる。
ウイニングランをするボルトと茫然と佇む敗者たち。
午後9時50分。すでに姿を現していた100m決勝の出場選手がアナウンスされる。
ボルトの名が告げられると、大歓声が起きる。
すべての選手がアナウンスされ、いよいよスタートが近づくと、場内のあちこちから、「しーっ」と、静寂を促す音が聞こえてきた。
スタート。静寂が破られ、声が爆発する。
7レーンのボルトはやや出遅れたか。6レーンのアメリカのガトリンが好スタートで一歩前に出る。しかし、50mあたりから、爆発的な加速でボルトは前へ出る。そこで勝負はあった。
1着ボルト、2着にブレーク、3着はガトリン。タイムは、9秒63。オリンピックレコードだ。
ボルトは、ジャマイカ国旗を身にまとうと、ブレークとともに、ウイニングランを始める。手拍子で観客が喝采を送る。
手前、ゴール付近では、ジャマイカ代表の一人、アサファ・パウエルが膝に手をつき、下を向いて動かない。レース中の足のアクシデントで最下位に終わった。歓喜に沸くジャマイカの渦に、彼は入れず、誰も近寄ることもない。ただ一人、たたずんでいる。
大型ビジョンに映し出されたレース映像を、アメリカのライアン・ベイリーらがじっとみつめている。やがてパウエルもその中に加わった。
敗れた彼らは、何を思っていたのか。
スタートからわずか10秒あまり――その光景は、あまりにも対照的だった。
「とても幸福だが、ひとつのステップに過ぎないんだ」
そして、ボルトはやはりボルトだった。
「スタートはよくなかった。でもコーチは、スタートが上手じゃなくても心配することはないっていつも言ってくれているんだ」
と、レースを振り返ったボルトは、こうも語った。
「これは伝説への一歩に過ぎない。とても幸福だが、ひとつのステップに過ぎないんだ」