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「これは伝説への一歩に過ぎない」
最速の男、ボルトが駆け抜けた9秒63。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byTetsuya Higashikawa/JMPA

posted2012/08/07 13:25

「これは伝説への一歩に過ぎない」最速の男、ボルトが駆け抜けた9秒63。<Number Web> photograph by Tetsuya Higashikawa/JMPA

ボルトの伝説はどこまで続くのか。残すは200mと4×100mリレー。4×400mリレー出場の可能性もあり、そうなると4冠が現実味を帯びてくる。

 大会はまだ終わっていないが、それはまさに、ハイライトの一つとして数えるにふさわしいレースだった。

 8月5日、陸上男子100mの決勝が行なわれた。

 この日、オリンピックスタジアムは、まだ日も暮れないうちから異様な雰囲気がたちこめていた。

 記者席は、テーブル席も、テーブルのない席もすでに埋まっている。なのに、あとからあとから、記者が押しかけてくる。

 当初はボランティア・スタッフも、「通路に立たないでください、座らないでください。満席なので入れません」などと厳格に対応していた。

 余談だが、イギリス人のスタッフの人たちは、思った以上に、規則を忠実に遂行しようとする。融通が利かない、と思えるほどだ。日本人以上だと感じることもある。

 それはさておき、記者は次々に押し寄せる。手にパソコンも、ノートも手にしていない記者も少なくない。ついには、何重にも通路に人が立っているところも出てきた。スタッフの中には、あきらめたのか何も注意しない人が増えてきた。

 スタッフの人々も分かっていたのだろう。彼ら自身、見たいと望んでいたからだ。現に、その人が登場すると、ポケットのカメラを取り出し撮影するスタッフがちらほら見られた。

 そう、誰もが、ウサイン・ボルトを見たいと思っていた。

昨年の世界選手権の悪夢が、再び襲ってくるのではないか?

 今大会、陸上競技が始まってから、短距離種目では好記録が出ていた。だから、どんな記録が飛び出すか、期待が高まっていた。

 一方で、危惧もあった。

 ボルトは、昨年の世界選手権の100m決勝ではフライングで失格の憂き目にあった。その後、スタートに苦しめられることになった。6月末から7月初頭に行なわれたジャマイカ選手権では100、200mともにブレークに敗れた。だから不安視する向きもあった。

 期待と不安の中、決勝のスタートのときは訪れた。

【次ページ】 ウイニングランをするボルトと茫然と佇む敗者たち。

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