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<柔道女子48kg級代表の諦めない心> 福見友子 「幾度の挫折を乗り越えて」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAsami Enomoto
posted2012/07/19 06:02
優位だったはずの浅見が感じていた、緊張と重圧。
福見と代表を競ってきた浅見は、ミックスゾーンで涙を止めることができなかった。
「緊張は1カ月前からあって、1週間前からはうまく眠れませんでした……。寝付けませんでした」
実績を重んじる柔道の代表選考にあって、浅見は優位に立っていた。ところが、最後の選考大会で極度のプレッシャーに襲われた。背後から離れようとしない福見の存在に、追いつめられていたのだ。
試合の約4時間後、記者会見場で代表発表が始まる。福見をはじめ、代表候補の選手たちは隣の控え室に集められていた。福見の前の席には浅見が座っている。競った相手と同じ空間で、会見の模様を流すモニターを通じて代表選出を知らされる酷な演出だった。
100名をゆうに超える取材陣を前に、ひな壇の真ん中に座った吉村和郎強化委員長が手元に置かれた紙を読み上げる。
「48kg級、福見友子」
その声を聞いても、福見は表情を緩めなかった。浅見もまた、何かを押し殺したかのように無表情だった。
吉村は、選考理由をこのように説明した。
「本来の力が出せずに負けた選手もいましたが、オリンピックはこれ以上のプレッシャーがかかります。それに勝たないと金メダルは獲れない。浅見は1週間寝られなかった。試合じゃなく己に負けた。福見は崖っぷちで、ここで勝負しないといけない中で優勝したことは金メダルにつながります」
この日、福見は己に勝った。谷亮子を破りながら立ちふさがった「実績」という壁にも勝ち、夢をかなえたのだ。
「遠回りをしてきましたけど、それも自分らしいかなって思います」
福見は以前、自身の柔道人生をこう表した。
「幾度もどん底を見てきました」
そのたびに這い上がってきた。その過程があったからこそ、土壇場で夢をつかむことができた。だからか、ふと、こう口にした。
「いろいろあったし遠回りをしてきましたけれど、それも自分らしいかなって思います」
2カ月後には、20年間夢見てきたオリンピックが控える。
「自分自身の人生だし、自分は初出場なので、ほんとうに勝ちたいという気持ちだけです」
試練を乗り越えてきた経験は、オリンピックの重圧に劣るものではない。
26歳にしてつかんだ大舞台へ、柔道人生の集大成となる大会へ立ち向かう。