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“古田二世”中村悠平の
真価が問われるとき。
~安定感の相川亮二をしのげるか~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byHideki Sugiyama

posted2012/05/24 06:00

“古田二世”中村悠平の真価が問われるとき。~安定感の相川亮二をしのげるか~<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

4月21日の対巨人戦。先発完投で2試合連続勝利を飾った赤川克紀(左)と中村悠平のバッテリー。2008年ドラフトの同期(1位赤川、3位中村)でもある。

 捕手が一人前に育てば、そのチームは10年間、安泰だ、と言われる。中日・谷繁元信が大洋(現・DeNA)に入団したとき、当時の古葉竹識監督は「少々のことに目をつぶっても一人前にしたい」と使い続け、史上最強の捕手が生まれた。ダイエーに入団した城島健司しかり、西武の炭谷銀仁朗もそうだった。

 古田敦也という絶対的な捕手が引退し、正捕手を求めていたヤクルトに'09年、ドラフト3位で入団したのが、中村悠平だった。福井商の攻守の要として甲子園に出場した中村は強肩に加えて、二塁へのスローイング動作の速さ(1秒78)が評価され、“古田二世”と期待されていた。当時二軍を率いていた小川淳司監督が、ルーキーに英才教育を施しながら、グラウンドのある荒川の土手で、「中村と同期入団の赤川克紀、日高亮らがチームを支えてくれる時代になってこそ、ヤクルトが本当に強くなるんだ」と語っていたのを思い出す。

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